「あれ」

前回来たときにはガタガタと建て付けの悪い音と動きだった引き戸が、いくらかスムーズに動く様になっていて驚く。ちょうど扉の近くにいたナマエちゃんが笑顔で出迎えてくれた。二週間ぶりくらい?

「研磨くんいらっしゃい!」
「うん……ドア、直したの?」

引き戸を指差してそう問えば、パァッとさらに良い笑顔に変わる。え、なに。

「そうなの!この間鉄朗くんが来て直していってくれたのよ」
「クロが?」
「ふふ、大分軽くなって助かってるのよ」

てっきり業者かどこかに頼んだのかと思っていれば、ナマエちゃんの口からは馴染みのある名前が飛び出てきて驚く。俺をこの駄菓子屋に連れてきてくれた幼馴染だ。
……そういえば、この間ナマエちゃんのとこ行ってきたって聞いたような。
嬉しそうに「ほら!」と引き戸を開け閉めして見せるナマエちゃん。いや、今開けたからわかってるよ。

「そういえば研磨くん!」
「ん?」
「この間の配信、するめジャーキー食べてくれてたでしょう?」
「あ、見てたの?」
「ふふふ、もちろん!ファンだもの!」
「……ありがと」

するめジャーキー食べてた配信、結構動きの激しいゲームだったけど大丈夫だったのかな、と少しの不安が過ぎるが嬉しそうに喋るその様子を見る限り楽しんでもらえたのだろう。
ナマエちゃんは俺が動画や配信を始めたときにアカウントを教えてからというもの、毎回見てくれている。まぁ、アカウントを教えるまでに、ナマエちゃんの動画サイトのアカウント作成から動画の見方までを教えるところからでちょっと大変だったのだけれど。今ではすっかりパソコンを使いこなしている。しかし、折角使いこなせているというのに主に俺の動画や配信を見るためにしか使っていないらしい。……それはそれで嬉しいんだけど、ちょっと照れくさいよね。他にもいろんな動画あるんだから見ればいいのに。あ、あとであれ教えてあげよう。

「今日は?」
「……するめジャーキー、新しいのボトルでちょうだい」
「ふふ、するめジャーキー気に入ってくれたのね」
「うん、ゲーム中とか気付いたらずっと噛んじゃってる」
「噛めば噛むほどだものねぇ」
「ね」

ちょっと待っててね、とずらりと並んでいる駄菓子のボトルの中からするめジャーキーを探し出す。
前回来たときに買ったするめジャーキー。味も噛みごたえも良くてすっかりお気に入りになってしまった。お酒にも合うし。

「あったあった」
「ちょ、俺取るからいいよ」
「あらほんと?ありがとう」
「ううん」

するめジャーキーのボトルは少し高いところに積まれていて、そのままでは届かないナマエちゃんが椅子に乗って取ろうとするからさすがに止めた。俺ならちょっと手を伸ばせば届く位置だ。それにしても、ボトル積みすぎじゃない?

「ナマエちゃん、もうちょっと積むの控えたら?」
「そうよねぇ……昔からの並びなんだけど最近ちょっと取るの大変なのよね」
「椅子に乗るの危ないし」
「ちょっと考えとくわね」
「……手伝い必要なら言って」
「ふふふ、ありがとう、研磨くんは優しいわねぇ」
「……別に」
「ボトル、1つでいいの?」
「あー……うん、いいや」

すぐ無くなるからもっと買ってもいいんだけど、あんまり買っても湿気るし……定期的にナマエちゃんに顔を見せに、というかナマエちゃんの顔を見に(?)来るため1つにしておく。世間一般的にはもう高齢と呼ばれる歳になったナマエちゃんのこと、クロも俺も密かに心配してるんだよ。クロは家も遠いし忙しいから、わりと自由が効く俺が定期的に来るようにしていたり。
するめジャーキーだけのつもりだったけどなにか他にも食べたくなって、ボトルを抱えたまま辺りを物色する。

「あ、これ……懐かし」

ひとつの懐かしいパッケージを見つけて手に取った。口に入れるとパチパチ弾ける飴。
これ、クロと初めて食べたときお互いびっくりして爆笑してたっけ。なんて思い出に浸ると同時に「このパチパチ飴、ASMRに使えそうだな」などと動画配信者の自分が頭の片隅に顔を出す。ASMRはあんまり興味ないんだけどさ。
……はぁ。今日は折角撮影も配信もない日だというのに思わずそんなことを考えてしまう自分が嫌になる。やっぱり帰ったら編集でもしようかな。

「これとこれ、ください」
「まぁ、久しぶりじゃない?研磨くんがこれ買うの」
「うん、子供のとき以来かな」
「表で鉄朗くんとキャーキャー言いながら食べてたわよね」
「キャーキャーって……」

会計をしながら、思い出し笑いをされてどこか胸が擽ったい。……あ、そうだ、クロで思い出した。
ポケットからスマホを取り出して一つの動画を表示させる。

「ナマエちゃん、この動画見た?」
「なぁに?それ」
「これね、クロが出てる」
「え!鉄朗くん?!」
「そう」
「鉄朗くんも動画始めたの?」
「あぁ、違う違う。これはクロの会社のやつ」
「へぇ〜……」

ナマエちゃんに差し出したスマホに映っているのはバレーボール協会のチャンネルで、つい2日前に投稿された動画。少しだけどクロが映っているのだ。(布教事業としての活動の一環で動画投稿することになったから教えろ、しつこく聞いてきて面倒臭かった)

「あ!本当だ鉄朗くん!」
「でしょ」
「ふふふ、すっかり大人になっちゃって」

動画の中でスーツを着て敬語で喋るクロは、ナマエちゃんからすると目新しく映るようで、スマホを食い入るように見ている。動画の再生が終わると「これって私のパソコンでも見れるのかしら?」と聞いてきたから、パソコンを借りて動画を出してあげれば「これで研磨くんも鉄朗くんも見れちゃうわ」と嬉しそうにしていた。

「じゃ、また来るね」
「ええ、またね!動画も楽しみにしてるわ、コヅケンさん!」
「うわ、ヤメテ……」
「ふふふ」

ナマエちゃんに活動名で呼ばれるのはどうしても気恥ずかしい。親に呼ばれるくらいヤダ。それを分かっていて呼んでくるから厄介だ。
店先まで出て手を振って見送ってくれるナマエちゃんに軽く手を振り返せば、嬉しそうに手を振りながら身体を左右に揺らしだした。その姿は昔から変わらない。
……ボトル用に棚、何か良さげなの探しておこうかな。

近くで見守られて、見守って




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