解けた糸を君に繋げた火曜日





「お、あんまり腫れてへん。良かった〜」

朝起きて、鏡に映った自分の顔を見て胸を撫で下ろす。先週ほど泣いていないし、帰ってからしっかり冷やしたおかげだろう。
それにしても、また角名に慰めてもらっちゃったなぁ……。しかも昨日は我慢できずに泣いちゃったのも恥ずかしい。でも、そのおかげでしっかり自分の気持ちに気付けた。きちんと角名に伝えなくちゃいけない。
角名が私に、たくさん伝えてくれたように。
頬をぺシンと叩いて気合を入れる。よしっ。

▽▲▽

「角名!」
「なに?」
「今日部活終わったらちょっと時間くれへん?」

朝、あんなに気合を入れていたのに朝練が伸びたのか予鈴ギリギリに教室に入ってきた角名とは話せず終わってしまい、昼。
いつも教室で食べている角名が宮治と教室を出ようとしたから、急いで声を掛ければ数秒だけ固まって、ゆっくりと頷いてくれた。数秒固まったときの角名、細い目をぱちくりとさせていてちょっと可愛らしかったな。

「……遅くなるかもだけど」
「ええよ、待っとる」
「外で待つのはナシだからね、公園とか」
「え!」
「え!じゃねぇよ……終わったら連絡するから家帰ってて」
「……分かった」
「うん」
「えっと、じゃあ……放課後会いましょう!」

ビュン、と効果音が付くんじゃないかというくらいのスピードでその場を離れる。席で待ってくれていたアコは、ニヤニヤしながらも何も聞いてこない。言わずとも私の気持ちを汲んでくれるアコが大好き。

「明日話し聞いてくれる?」
「もちろん。アコさん明日も暇やからなんぼでも聞いたる」
「ふふ、ありがと」

教室の扉の方をチラリと見れば、角名がニヤニヤ顔の宮治をどついているところだった。

▽▲▽

午後の授業はソワソワしてしまってあまり集中できなかった。アコには別れ際「健闘を祈る!」と背中を押してもらったものの、角名から連絡を待つ今もソワソワしてる。
上手く話せるやろか? 何から話したらええ?
部屋の中を無駄に歩き回っていれば、視界の端でキラリと何かが光った。なんだ、と視線を戻せば、そこにはイルカのシルエットのピアス。日曜日に角名から貰ったやつだ。
……お守り代わりに付けていこうかな。お礼もちゃんと言えてへんし。
そう思って、そっと手に取って耳に付けた。
うん、やっぱり可愛い。
側にあるアクセサリーケースには、先輩から前に貰ったピアスも他のアクセサリーと一緒にちょこんと並んでいる。大人っぽくて、今の中途半端な気持ちの私には似合わないデザインだった。

角名から連絡が来たのはそれから数十分後。昨日の公園で落ち合うことにして、家を出る。玄関を出て、朝と同じように頬を叩いて気合を入れた。

「ミョウジ、お待たせ」
「ううん、疲れとるのにごめんな?」
「全然。まぁ、俺にとって悪い話だったらどっと疲れるけど」
「ふふ、大丈夫やと思うよ」
「ふーん」

今日はブランコじゃなくて、ベンチに2人並んで座る。空気は冷たいけれど、風は吹いていなかった。角名は私が話し出すのをじっと待ってくれた。昨日も、先週もそうだった。
空を見上げれば黒い空にチカチカと星がいくつか見える。そのまま「あんな」と切り出した。

「昨日あれからな、先輩にちゃんと返事してん。文字打つの面倒かったから電話したんやけど」
「うん」
「私はもう先輩とヨリ戻すつもりないよって。別れ話されたあのとき、私傷ついたんよって。その傷は先輩への好きって気持ちにふかーく刺さってもうたんよって」
「うん」
「先輩の声聞いて、決心揺らいだらどないしよーって心臓バクバクやってんけど意外にそんなことなくて。むしろ、こんな声やったっけって思ってもうた」
「ははっ」
「そんでな、先輩は分かったーごめんーって言うて切れた」
「うん」
「あっさり切れてもうて拍子抜けやわ。私はあんなに泣いて、悩んだんになぁ……」
「ね」

先輩も悩んどったかもしれんけど。でもそれなら別れ話する前にちゃんと話し合いたかったんよ、私は。あんとき先輩の中では別れることがもう決定事項やったんが悲しかったよ。
そんなことは言えずに終わったのだ。今更言ったところでどうにもならないし、もうどうでもいいのだけれど。

「でな、ここからが本題な」
「前置き長ぇ……」
「ごめんて」
「うそうそ、俺も昨日の気になってたし。教えてくれてありがと」
「うん」
「それで?俺はここからの本題、期待して良いんだ?」

上から覗き込んできた角名の顔は、ニヤリと意地悪いけど楽しそうなあの顔だった。
その顔も、そういうところも、いつの間にか

「好き……あ」
「……は」

ぽろりと溢れ出てしまった言葉に、間の抜けた自分の声が続いた。角名も笑顔が消えて、ぽかんと固まっている。自分のミスにも、角名のポカン顔にも笑いが込み上げてきた。

「ふふ、ごめ、っふ」
「ほんと、お前さぁ……」
「あはは!」

笑いを抑え切れずに私とは反対に、頭を抱える角名。ここから見える耳は、赤く染まっている気がした。
一頻り笑ってから「角名」と肩を叩く。じとりとだけれどこちらを見てくれたから、いつも角名がしてくれるみたいに視線の高さを合わせた。近くで見ると、やっぱり耳も頬も赤い。じと目とそれはちょっとミスマッチだ。

「ずっと友達でおってくれてありがとう、好きやで」
「……友達として好きってオチじゃないよね?」
「ないない。恋愛的な意味で好き……っわ?!」

好き、と言い切ると同時にグイッと肩を引き寄せられて角名の肩に顎が乗る形になった。突然の近さというか接触に、折角落ち着いていた心臓が忙しなく動き出して、顔がカッと熱くなる。

「す、角名……?」
「付き合うってことでいいの」
「え、っと……角名が振られてすぐ他の男に靡くような女でええなら?」
「ははっ、なにそれ。そもそも振られてすぐのとこに付け込んだの俺だし」
「ほんまに……!ずるいであれは」
「ズルくて結構。そんだけ必死だったんだよ」
「ぐう……」

そんなに直球で言われるとなんかこう、むず痒い。恥ずい。
「なに?」と言いながら肩を押して、今度は真正面で至近距離で目が合う。
待って、今絶対顔赤いから無理。
必死に顔を逸らせば、くすりと笑って頭を撫でられた。チラリと見えた角名の頬と耳は、まだ赤いままだ。

「ねぇ、一個お願い聞いてくれない?」
「な、に?」
「俺今日誕生日なんだよね」
「は?!」

お願いってなんだ、と身構えれば予想外の事実に思わず逸らしていた顔を戻した。意地悪そうな顔をしているのかと思えば、柔らかく微笑んでいて胸がとくりと高鳴る。

「だからさ、おめでとうって言って」
「え、そりゃもちろん言うけど!おめでとう!」
「うん、ありがと」
「知らんかったんなんか悔しい……」
「いいよ、もう十分プレゼント貰ったし」
「え?」

なんもあげてへんけど?と小首を傾げれば、くすくすと笑いながら「分かんないままでいいよ」と言われてそっと頬に手が伸びてくる。頬に触れられたのは初めてで、びくりと肩が揺れた。その手はそのまま横髪を耳へと掛ける。

「それに、これも付けてくれてありがと」
「あ!せや!これありがとう。ちゃんとお礼言えてへんかった」
「やっぱ似合ってる」
「ふふ、せやろ」
「俺が選んだんだから当然だけど」
「っ、わ」

もう一度手が頬へと添えられて、近づく顔と顔にぎゅっと目を瞑れば前髪をあげられる感触と同時に、おでこに柔らかい熱が触れた。

「口に期待した?」
「〜っ!した!」
「は?!俺が今は無理だっつの!」
「……角名可愛い」
「やめて。帰る」
「待って待って!」

真っ赤な顔で拗ねたように「帰る」と言いながらも、その足は私の家の方を向いていて。
昨日も先週も2人で歩いたこの道だけれど、今日は2人から伸びた影が真ん中で細く繋がっていた。

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