余韻を引き摺った月曜日は悪くない





side.S

「侑しつっこい!お疲れ!!」
「あっ、逃げんなコラ!」

エナメルバッグを引っ掴んで逃げるように部室から出た。ノロノロ着替えていた侑はまだ帰れないだろう。
朝練も放課後の部活もいつも通りこなしていたつもりだったけれど、いつもよりも調子もキレも良かったらしくて部室で侑からの質問攻めがウザかった。
「土日なんかええことあったん?」「そういや日曜日用事あるとか言うとったよな?!何!?」とかなんとか。
ああそうですよ、いいことありましたー。好きな子と水族館デートしてきましたー。でも侑には絶対話してやんねえ。その後ろでニヤニヤしてた治もムカつく。あの双子め。
折角の“いいこと”が台無しだと、脳内でぶつくさ文句を言いながら帰路につく。街灯によって伸びる影は昨日と違って俺1人のものだけだ。まぁ、ここで複数人分あっても気味悪いからやめて欲しんだけどさ。
今朝、教室でおはようと挨拶すれば、はにかみながらも笑顔でおはようと返してくれたミョウジの顔がいまだに頭に焼き付いていた。今までになかった反応で、胸が高鳴った。
デートで、より俺のこと意識するようになればいい、なんて思ってたけど予想以上の成果があったみたい。
ニヤけそうになる口元を手で抑えて、そっと息を吐くことで込み上げる嬉しさを身体から逃した。
こんなのらしくない、と自分でも思う。余裕がなくてカッコ悪い自分に嫌気がさすことだってしばしば。でも、1年前の二の舞にはなりたくなくて必死だった。今の立ち位置を気に入っていながらも、それが壊れるかもしれないと恐れながらも、欲張りな俺が出てきてしまった。
またノロノロしてて奪われるなんて、そっちの方がカッコ悪い。

「ん?」

スタスタと早まっていた足をふと、止める。通り過ぎた公園に何か見えた気がして、そのまま後ろ歩きで数歩戻った。
公園の入り口から中を覗いてみれば、もうとっくに子供たちは家に帰ってるこの時間に、ブランコがゆっくりと動いていた。心霊現象的なアレじゃなくて、普通に誰かが乗って動かしている。街灯に照らされているその姿は、うちの高校の制服。
えー、なんかデジャヴなんだけど……。
つい数日前にも同じような場面に遭遇した。そして多分、今ブランコを漕いでいるのはそのときと同じ人物で、最近の俺の頭の中の半分くらいを占めている、俺の好きな人。
またこんな寒い日のこんな時間に1人で。今度はなに。
放っておくなんて選択肢は今の俺にはなくて、一歩踏み出せば静かな公園に砂利の音が響いた。

「ミョウジ?」
「っ、え?角名?」
「うん、角名」
「なんで……?」
「こっちのセリフ」

ぽかんとした顔のまま固まるミョウジに近づいて「なにしてんの」と頭に手のひらを置いてみれば、その髪の毛は冷え切っていて、どのくらいの時間ここにいたのかと心配になる。俺を見上げてくる丸い目の周りは、赤く腫れぼったかった。
また、1人でここで泣いてたわけ?

「すな、」
「ん?なに?」
「すな……」

ぎゅっと俺の制服の裾を掴んで「すな」とか細い声で呼ぶミョウジは、いつもよりもっと小さく見えた。
その手をそっと包み込んで、目線を合わせるようにしゃがみ込む。この一瞬で、今にもこぼれ落ちそうなくらい涙が溜まっていた。

「なにがあったの」
「っうぅ……」

俯いてぽろぽろと溢れ出した涙が、俺の手の甲を濡らしていく。それを「ごめん」と言いながら袖で拭いてくれたけど、そこを拭くより自分の目元拭いた方が正解だと思う。天然なミョウジの行動に心の中で笑いながら、代わりに拭いてやった。
泣きながらミョウジがぽつぽつと話してくれたことを要約すると、先輩から連絡が来てやっぱりヨリを戻したくなったのだと。なんとも勝手な男だ。
でも、もしミョウジもヨリを戻したいって、先輩の隣が良いって言うなら引き止めることなんて俺にはできない。
さっきまで高鳴っていた胸が、じくりと痛み出した。

「ミョウジは……ミョウジはまだ先輩のこと好きなの?」

頷かれたらどうしたらいいんだろう。良かったねとでも言って立ち去ればカッコいいのかな。
どうか頷かないでくれと祈りながらミョウジの答えを待った。

「……っ嫌いやないけど、前みたいに好きかって言われたら微妙」
「そっか」
「うん……それにな?」
「ん?」
「え、っと」
「ゆっくりでいいよ」

じっと手元を見ながら何か言いたげに、でも言いづらそうに口をもごもごとさせるミョウジを落ち着かせるように、掴んだ手を親指でそっと撫でる。おずおずと顔を上げてきて、目が合った。涙がもう溢れていないことにホッとした。

「先輩から連絡来て、どうしたらええか分からんくなったときに、一番に角名の顔が浮かんでもうて……」
「……え」
「うわ、やっぱなし!今のなし!忘れて!」
「いや無理」

刺さった棘が抜けるみたいにミョウジの一言で痛みが和らいで、鼓動が早くなっていく。もう一度頭の中でさっきの言葉を再生してみて、項垂れた。顔に熱が集まるのがわかる。
あー……もう、分かってやってんの?わざとならすっげータチ悪いんだけど。

「す、角名?」
「うん」
「それで、えっと……」
「どうすんの?」
「……どうしたらええ?」
「それを俺に聞くのはズルいって」
「ふふ、そうやんな、ごめん」

まだ顔を上げられないでいる俺の頭を、ミョウジの手がそっと撫でた。視線だけを向けてミョウジを見れば、すごい勢いで手が引っ込んでいってしまって、代わりに冷たい風が頭を撫でていった。
もう少し触れていてくれても良かったのに、なんて口では言えないから、ミョウジの小さな手を掴んだままだったそこに、ぎゅっと力を込めた。壊れてしまわないように、優しく。

「角名、ありがと」
「ん。帰ろ」
「うん」

ミョウジが立った拍子に、ブランコが寂しく鳴いた。




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