隣を並んで歩いた日曜日





「おはよ」
「お、おはよ!」

無事に寝坊することなく待ち合わせ場所に着けば、先に着いていた角名がスマホをポッケに仕舞って片手を上げた。久しぶりに見る私服姿に思わず一瞬固まってしまう。……決して見惚れたわけではない。
角名も私服姿の私が新鮮だったのか、目線が上から下へ行ってまた上に戻る。そしてパチリと視線が絡むと、目を細めて微笑まれた。その微笑みはやめてほしい。ちょっぴり跳ねてしまった心臓をぎゅっと抑えて、ふるふると頭を振る。
気にしすぎてる所為なだけや。
「行こ」と言って改札の方へ歩いて行く角名を追いかけて斜め後ろを歩く。これから向かうのは水族館。この駅からは30分くらいのところにある。丁度よくホームに滑り込んできた電車に乗り込めば、日曜の朝なだけあってそこそこ混んでいた。2つ並んで空いている席はなかったけれど「座ってなよ」って言ってくれた角名に甘えて私だけが座る。前に立つ角名は、いつもよりも大きく感じた。ていうか、どこにも掴まっていないのに全く揺れない角名にビビった。

▽▲▽

「イルカショーは外せへんのやけども!」

パンフレットを見ながらそう角名に宣言すれば「知ってる」と笑いながら「13時の回ね」と続けられる。

「……なんで知っとんの?!」
「前に有岡と話してたじゃん」
「えぇ〜、いつや……」
「いつか。ねぇ俺クラゲ見たい」
「クラゲ?!……っわ」

意外な選択にパンフレットから顔を上げれば、思ったよりも近くにあった角名の顔にまたドキリと心臓が跳ねた。角名も驚いたような顔をしたけれど、それは一瞬で。また視線をパンフレットに戻して「うん、クラゲ」と呟いた。何でもないように呟いた角名だったけれど、下から覗けた頬はいつもより少しだけ赤く染まって見えて、私にまでそれが伝染した気がする。
……顔、あっつ。
「クラゲあっちだ」と歩き出した角名の、隣よりも一歩後ろを歩く。

「ごめん、歩くの早かった?」
「え?ううん?」

一歩前で立ち止まった角名に合わせて私も止まれば、ちょっとムッとしたような顔をして一歩下がってきた。

「デートなんだから隣、来てよ」
「デッ……!」
「イヤ?」
「じゃ、ない……」
「うん」

「次後ろ下がったら手、繋ぐから」なんて、さっきから触れそうになっていた手の甲を、大きな手で一瞬だけ包まれた。冷めてたはずの頬の熱がぶわりと蘇る。
それから無駄に手の位置を意識してしまうようになって、館内を楽しみながらも当たらないように気をつけて歩くのに必死だった。大きな手に包めれる感触が、やけに頭に残っている。

12時過ぎに併設したカフェで軽く食べて、イルカショーへと向かう。
クラゲの水槽をじっと見つめながら佇む角名がツボすぎて、こっそり写真も動画も撮った。明日アコに見せたろ。

「前がええけど、流石にこの時期濡れると寒いからなぁ〜」
「最後列ね」
「はーい」

バレー部レギュラーに風邪を引かせるわけにもいかないので大人しく後列に座る。
濡れなくてもここ、外だしちょっと寒いなぁ……。
ふるりと肩を震わせていれば、角名がちょっと待っててと席を立って館内へと入っていってしまった。
どしたんやろ?混んできたし鞄で席取っとこ。

「セーフ。はい、これ」
「おかえりー……ってなに?」

そろそろショーが始まるのだと知らせるように軽快な音楽が鳴り出した頃戻ってきた角名の手には、白いカップが二つあり、そのうちの一つを手渡された。予想に反して温かいカップに手が滑りかけた。危ない危ない。

「カフェオレ。温まるかなと思って」
「え!ありがとう!」
「別に……俺もちょっと寒かったし」

寒がっていたのに気づいかれていたのか、わざわざ買いに行ってくれたらしい角名にもう一度お礼を伝えれば「もういいってば」とぷいと視線を逸らしてカフェオレを啜り始めたから、私も倣ってひと口含んだ。甘すぎないカフェオレがじんわりと身体を温めた。

▽▲▽

「ミョウジ、次降りるよ」
「、ん?」

トントン、と肩を叩かれて目を開ければ角名の顔が飛び込んできて一気に意識が浮上した。

「ごめん、寝とった?」
「うん、ぐっすり」

帰りの電車で、気付けば寝てしまっていたらしい。慌てて荷物を纏めて電車を降りれば、ホームにまで入り込んでくる西日がとっても眩しい。
改札を出てしまえばもう今日のお出かけは終わりなのだと思うと、階段を降りる脚が急に重たく感じた。

「今日は付き合ってくれてありがと」
「こちらこそ、むっちゃ楽しかったわ。ありがとうな!」

持ってもらっていたお土産の袋を受け取りながらそう言えば「良かった」と呟く角名。なんのことだろうかと頭にハテナを浮かべていたら「そうだ、これ」とお土産の袋と同じデザインがプリントされた小さな袋を差し出された。

「なん?」
「今日のお礼?みたいな?」
「疑問系かい」
「ハハッ、まぁ貰っといてよ」
「おん、ありがとう」
「送っていけなくてごめん、気をつけて帰りなよ」
「ううん、角名も気ぃ付けて」
「じゃあまた明日、学校で」

バイバイ、と言おうとしたのと同時に、角名の掌が私の頭をそっと撫でる。固まっている私を見て、またあの柔らかい微笑み方で「バイバイ」と囁いて去っていった。
顔が熱いのは、眩しい西日のせい。

家に帰って角名から貰った小袋を開けてみれば、シンプルなイルカのシルエットモチーフのピアスが入っていた。
悔しいけど好みのデザインで超可愛い。学校に付けて行くことは出来ないけれど、大切に使わせてもらおう。
そのままぼふりとベッドに横になれば、無駄に緊張したせいかすぐに睡魔が襲ってきた。
電車でも寝とったのになぁ……。




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