糸が絡まった木曜日





結局あのあと角名は、まだ帰らないと駄々を捏ねた私に30分ほど付き合ってくれて、そのまま家まで送ってくれた。別れ際に「明日から覚悟しててね」と悪役のような台詞を残して。くすりと笑って去っていくその背中に、覚悟ってなんですかー!と叫びたかった。
夜眠りにつく頃には先輩に振られた悲しみよりも、角名のことで頭がいっぱいで、夢にまで角名が出てきたほどだ。なんか夢ん中で角名とデートしとった……。

朝起きて、鏡の中の自分を見て心底学校を休みたくなる。まぶた腫れすぎやろ。あのペットボトルでは気休め程度にしかならなかったらしい。瞼をマッサージしながらのんびりと支度をしていれば、遅刻ギリギリの時間だった。ざわざわとしている教室にそっと入り、席に着く。腫れたまぶたではあまり人目につきたくなかった。私が席についたことに気付いたアコが、こちらを振り向いて目を見開く。予鈴が鳴るなか席を立ってこちらに来ようとするアコをジェスチャーで制して、あとで話す、と口パクで告げれば心配そうな顔をしながらも渋々席に着いて前を向いた。付き合う前も付き合ってる間もたくさん話を聞いてくれたアコにはきちんと報告しなければ。

「おはよ」
「え、あ……」

鞄から教科書やらを取り出していれば上から声を掛けられる。顔を上げればちょっと楽しそうに微笑んでいる角名がいた。腫れたまぶたを思い出して急いで視線を机に戻したが、おはようともう一度言いながら顔を覗き込んでくる。

「おはよう!」
「ハハっ、元気そうで安心した」

少しイラッとしながら挨拶を返せば、そう言って頭を一撫でだけして自分の席へと戻っていった。一瞬何をされたのかわからずポカンとしていたけれど、我に返って角名の席の方を振り向けばなんでもない顔でこちらを見ていた。それがなんだか悔しくて、べぇっと舌を出して威嚇だけおく。威嚇になるのかは分からないけれども、気持ちの問題だ。

▽▲▽

「ミョウジ、一緒に昼食お」
「へ」

お昼休み、私の元へ来た角名。ちなみに角名とお昼ご飯を共にしたことは今まで一度もない。

「角名どしたん?」
「ミョウジ借りていい?」

何も答えられずに固まっていると、角名の後ろからお弁当を持ったアコが顔を覗かせる。そう、私はアコとお弁当を食べるのだ。

「え、無理やけど」
「なんでだよ、いっつも一緒に食ってんだからいーじゃん」
「あかんあかん、ナマエから話聞かなやし」

どいたどいた、とアコが角名を避けて私の前の席にどかりと座る。……アコのそう言うところ大好きやで。
アコの「話聞かなあかん」という言葉で何かを察したらしい角名がこちらをチラリと見たから、苦笑いしながら曖昧に頷いて見せればわかってくれたようで。

「じゃあ明日のミョウジの昼休みは俺が予約ね」
「え〜、明日もナマエは私のなんやけどぉ〜!てか角名お前急になんやねん!」
「うるせ、お前のじゃねぇだろ」

バチバチと火花を散らしそうな勢いの2人を宥めれば、角名は渋々といった様子で、同じクラスで同じ部活の宮治の席へ帰っていった。角名はいつも宮治と食べているから“帰っていった”という表現で合っていると思う。ていうか、なに?私モテモテやん?なんつって。

「で、何があってんよナマエちゃんは」
「あー、な?振られた」
「は?!先輩に?!」
「ちょ、声デカいデカい」

騒がしい休み時間ではきっと、目立ちはしないだろうけれど。お弁当をつまみながらポツポツとアコに昨日のことを話した。角名の話はとりあえず隠しておこう。
話を聞くなり箸を握りしめて「え、ちょっと大学乗り込んでくるな?」と言ったアコの顔が本気で怖かった。話しながらまたじんわりと涙が滲んできたけれど必死に堪えて、平気なふりを装う。そんな私を見てアコが悲しそうな顔をしたからたぶん気付かれていたけれど。アコがそんな顔せんといてよ、大丈夫やで。

「で、角名は何?」
「へ?」
「一緒にお昼〜、なんか言ってきたん初めてやんか」
「……う」
「ほれ、吐け!」
「えええ……」

鋭いアコ刑事に、ん?ん?とすごい顔で問い詰められるも、この話は角名の沽券に関わるから、誰に聞かれるかもわからないこの教室でペラペラと喋るのはよろしくない。そろそろ昼休みも終わるし。

「アコ今日暇?」
「おん、アコさんいつも暇」
「せやった」
「納得すなや!」
「あはは!じゃあ今日どっか寄って帰ろ!そこで話すわ」
「おっけー」

▽▲▽

午後の授業もいつも通り真面目に受けて放課後、アコと教室を出ようとしたところで角名にばいばい、と声を掛けられたから小さく手を振って返した。アコからの視線が痛い。挨拶ぐらいはいつもしとるやろ……!!

「で?」
「……早速本題?早ない?」
「で?」
「ハイ」

ファミレスの席に着いた途端これである。ドリンクバーで注いできたコーラを啜りながら昨日の公園でのことを話した。慰めてもらって、告白紛いなことを言われて。

「は?角名の方が私より先に知っとったん?」
「あ、そこ?」
「そこ大事やろ?!嘘やん、なんで真っ先に私に連絡せぇへんかったん?!」
「ごめんて……」

ずい、と机に身を乗り出してすごい剣幕で怒るアコに圧倒される。アコに連絡するのを考えるよりも先に角名に会ってしもたんよ、許してや。

「まぁええわ……ほんで角名がなー、そっかそっか」
「あれ、あんま驚いてへんの」

割とびっくり案件を伝えたと思うのだけれど、アコはケロリとした顔でストローを回しながらしみじみと頷いている。その様子に逆に私がびっくりだ。

「いやな?そのー……知っとった」
「はぁ?!」

今度は私が机に身を乗り出す番だった。え、ちょお待ち、知っとったどういうことや。昨日から混乱させられてばっかやねんけど、なんなん?頭使いすぎて痩せそう。それはそれで万歳やけど。
こんがらがった頭のまま浮かせていた腰をすとんっと落としてソファに戻ると、意図せずゲンドウポーズを取ってしまい、アコに撮られた。あとでそれ送って。

「いつから知っとったん?」
「……ナマエはいつから角名がナマエのこと好きやったか聞いた?」
「え?ううん、聞いてへんよ」
「それやったら私からペラペラは喋られへんなぁ」
「えええ……」
「ふふ、ナマエが角名からその辺聞いたら教えたるわ」

ニヤニヤしながらこちらを見てくるアコに、私は不貞腐れてコーラをブクブクと泡立てた。お行儀悪いけど許して。
アコは知っとったんかぁ……ていうか最近の話ではなさそうでちょっと胸が痛む。
だって、私、角名に先輩の話しとった。惚気って自覚はないけど、惚気んなって言われたこともあるし。角名の気持ち知らんかったとはいえ、悪いことしとったかもしれん。

「あーあー、そんな顔せえへんの」
「せやけど私、」
「……じゃあ一個だけ教えたるわ。角名は今の立ち位置も気に入っとるって言うとったで」

ぐるぐる考えていたことが顔に出ていたのか、アコが困ったように大丈夫、と笑う。今はアコのその言葉を信じるしかない。
私の話を終えてからもぐだぐだと喋り続け、気付けば2時間以上が経過していた。お互い夕飯は家で食べるつもりだったから、今日はそこで解散。
帰宅後、アコから送ってもらったゲンドウポーズの私をLINEのアイコンに設定した。




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