なんでもない水曜日のはずだった





「あ"ーーー………」

ため息と共に吐き出される可愛くない声。もうこれも何度目だろう。
日も暮れた公園で私は一人、ブランコをキィキィと揺らしながら落ち込んで、ムカついてを繰り返していた。泣き腫らした目元に当てていた冷たいペットボトルも、もうぬるい。ていうかさっぶい。

「……ミョウジ?」

ハァーと手を温めていたところにふと名前を呼ばれて、そちらを向けばクラスメイトの角名が立っていた。角名は振り向いた私の顔を見てぎょっとする。泣き腫らした顔、そんなに酷いんやろか。あ、それもあるやろうけど泣いてるとは思わんかった、ってほうがでかいんかも。

「なにしてんの?」
「傷心中〜」
「……顔見ればそれは分かるけどさ」
「うるへー」
「どうしたの」

どさりとスポーツバックとスクバを横に置いて、隣のブランコに座った角名は、こちらを向かずに前を向いてそう問うてくる。泣き顔をあまり見ないようにと、角名なりの気遣いなのだろうか。優しい。

「……さっき振られてん」
「あらら……先輩だっけ」
「おん」

ブランコを揺らしながらポツリとそう零した。聞いてくれるというなら、聞いてもらおうじゃないか。角名はクラスの中でもそこそこ絡む男子で、そこそこ仲は良い。今は超仲良しな友人よりも、そこそこな関係の人に何も考えずにぽろぽろと喋るほうが気が楽だった。

「デート終わりに突然振られた」
「え?!」
「やばない?まじで突然すぎるしなんで今日デートしてからなんよって話よなぁ……」

そう、放課後デートに繰り出していたのだけれど、別れ際に突然振られた。繋いでいた手がするりと離れて「別れたい」と。まさに青天の霹靂。デートはいつも通りの様子で楽しかったのに。

「理由は?聞いても平気?」
「なんかなー、嫌いになった訳じゃないしむしろ好きだけど、環境変えたいとか言われた」
「……は?」
「意味わからんよなぁ!?ていうかお前大学入って環境変わったばっかやろ……!」
「えー……それは意味わかんねぇ」
「ほんまにな」
「それでミョウジは納得したわけ?」
「いや、全然納得してへん。けどなんか向こうの中では決定事項っぽくてムカついてきてもうええわ、サヨナラってしてもうた」
「そう」
「でも帰っとったら急にしんどくなってここで泣いててん〜」

へらりと乾いた笑いを見せたかったのに、上手く笑顔を浮かべられずまた目の前が滲んできた。もうあんだけ泣いたやろ。それをこぼさないように、気付かれないように、上を向いてブランコを漕ぎ始める。キィキィと鳴る音が鼻を啜る音を少し掻き消してくれた。生ぬるい風が私を慰めるように頬を撫でる。
彼氏は2つ上の先輩だった。先輩から告白してくれて、付き合って。この間1年記念日を迎えたばかりなのに。
環境を変えたくて1番最初に切られたのが私だというのも地味に辛い。「色々考えたときに、ナマエのことどうしよっかなって」思ったらしい。その言葉でなんだかどうでも良くなってしまって、サヨナラした。どうしようかなってなんだ、私はあなたのモノではない。
あー……あかん、こぼれる。

「ねぇ」
「なん?」
「次のコイビトに俺、立候補してもいい?」
「……は」

足裏を地面に付けたまま揺れていただけの動きを止め、こちらを見ながらそう言い放たれて思わず漕いでいた足が止まる。ぽたりと一粒だけ落ちた涙が、スカートに沁みを作る。
……次の恋人に立候補?
頭にはてなを浮かべていれば、ブランコから降りてこちらにやってくる。角名が乗っていたブランコはキィ……と静かに鳴いて止まった。
まだゆっくりと小さな弧を描く私のブランコに手を掛けて目線を合わせるようにしゃがみ込み、下にずれてきた手がブランコチェーンを掴む私の手と重なった。私の手をすっぽりと包み込むほど大きな手は少し汗ばんでいる。

「俺もミョウジとの環境、変えてぇんだけど」
「……な、え、?」
「っふ、まぁ考えといてよ。帰ろ、送ってく」

角名って、私のこと好きやったん……?ていうか突然振られたばかりの女に突然告白して来るんはズルない?
やっと落ち着いてきていた頭がまたぐるぐると混乱し出す。

「……まだ帰りたない」

まだ泣き止んでへんし、と地面に視線を落としてそう言えば、ぐい、と頭を上から押さえられて「ハァー……」と長めのため息が吐かれた。

「今告ったばっかの男の前でそういうこと言うなっつうの」
「えへ」
「つーか寒いから早く帰るよ」
「えー」






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