嫌いな香水



混雑する朝の駅で、誰かとすれ違った拍子にふわりと漂ってきた香りに思わず眉を顰めた。
この香りは……私の嫌いな、嫌いになったあの香りだ。
後ろを振り向いて見ても、私の知るその誰かはいない。久しぶりに嗅いだことによって、この香りを嫌いになってしまった日の記憶が蘇る。

▽▲▽

高校時代、好きな人がいた。
1年生のときに同じクラスになったその男子の第一印象は、背のデカいメガネ。制服も着崩すことなくきっちり着ていて、真面目なんだろうなーって感じ。特に好みのタイプではなかった。当時のタイプは爽やかでかっこいい人。その彼、七ツ森とは真反対だ。それなのにありきたりだけど、席が隣になったのをきっかけに話すようになって、いつのまにか好きになっていて。あとね、なんかいい香りすんの、アイツ。その香りも好きになってた。
でも、好きだと自覚したからといって弱い私は告白する勇気なんかなくて、それまでと変わらず過ごした高校一年生。あまり誰かと連んでるとこを見ないアイツの“クラスで仲のいい女友達”くらいには、なれてたんじゃないかな。そのくらいの距離が心地良いのだと、自分に言い聞かせてた。
2年生はクラスが離れた。同じクラスだったら修学旅行も一緒に回れるチャンスがあったのかもしれないな、なんて思ったけれど。
自由行動の日に見かけた七ツ森は、女子と2人で歩いていた。才色兼備なその子は同じクラスになったことはないけれど、それでもよく周りから話を聞く子だった。そんな子がどうして七ツ森と2人で、なんて2人の顔を見ればすぐに分かってしまう。楽しそうに笑う2人を見て見ぬフリして友達といっぱい楽しんだけど、修学旅行3日目の枕をそっと濡らしたっけ。修学旅行を終えてから、今までのように七ツ森を目で追うことは無くなった。虚しくなるだけだから。
それなのに3年生のクラス替え。なんの嫌がらせか七ツ森と同じクラスになった。「また1年ヨロシク」なんて1年のときと変わらない香りを纏って笑う七ツ森に、きちんと笑えていただろうか。
変わっていないのは香りだけで七ツ森自体はだいぶ変わっていた気がした。前より、雰囲気が柔らかくて、笑うようになった。あの子が変えたのかな、と思うと胸が締め付けられる。付き合っているという噂は聞いていないけれど修学旅行を終えたあたりから校内でツーショットをよく見かけていた。
夏休みが終わって、秋。「おはよ」と後ろから声を掛けてきた七ツ森から、知らない香りがした。今までとは違う、少し甘酸っぱいような、そんな香り。スン、と私が鼻を鳴らしたのに気づいたのか、七ツ森は照れ臭そうに眉を下げて笑う。私はまだ何も言ってないのになんだその顔は。
七ツ森がそんな顔をした理由がわかったのは、それからすぐ。移動教室のときにたまたますれ違ったあの子、七ツ森が好きなあの子から、同じ香りがした。キツい香りではないのに、やけに私の鼻に残る。じわりと滲み出した視界を無視することはできなくて、その場から逃げるように走った。あのとき、校内のルールに厳しい教頭とすれ違わなくて本当に良かったと思う。屋上へと続く階段の隅で座り込んだ私のスカートが、ポタポタと色を変えていった。
次の日「この香り、お揃いなんだね?」と揶揄うように七ツ森に問えば驚いた顔をしてから、また照れ臭そうに笑うのだ。それからしばらく、好きな人から香るそのにおいに、毎度胸が締め付けられるように痛かった。
▽▲▽


鮮明に思い出してしまえる片想いの日々に、あれはあれで青春だったと、苦笑が漏れる。片想いはしんどかったし好意を伝える前にほぼ失恋して諦めてしまったけれど、こうしてあの香りでプルースト現象が起こるということは、あれは"良い思い出"になっているのだと、高校生の私に伝えたい。
あの涙は無駄じゃあなかったよ。それに、あんたもちゃんと幸せな恋するから大丈夫。
いつもの待ち合わせ場所に立っている大好きなカレの元へ駆け寄った。

私が纏うのは、甘くてほろ苦い、初恋みたいな香り。

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