秋うらら、はじめての企て


 ズシリと、いつもと違う重みを感じる鞄を肩にかけて家を出た。綺麗な青空だ。晴れてよかったなぁ。歩き出す前に、すぅっと深く息を吸うと、秋特有の匂いが張り詰めた気持ちを少し緩ませてくれた。
 秋は、優しい匂いがする。
 鞄の中身が傾いてしまわないように慎重に、でも軽やかに、待ち合わせ場所まで歩いた。

 今日は実くんよりも私の方が着くのが早かったな、と公園のベンチに腰を下ろしてスマホを確認すれば、待ち合わせ時間までまだ15分以上あった。軽やかに歩きすぎたのかな、というより、単に緊張して家を出るのが早かったのだろう。これなら、出掛けにバタバタする必要はなかったかもしれない。
 実くんとのデートは、なにもこれが初めてではない。なんなら、この2年間で何度もしてきた。それなのにどうして今日はこんなに緊張しているのかというと、慎重に持ってきたこの重い鞄の中身のせい。ソワソワして落ち着かなくて、何度も鞄を覗いてしまう。傾いてはいない。
 実くんに、お弁当を作ってきた。バレンタインに手作りのチョコレートは渡したことはあったけれど、こうしてお弁当を、料理を作るのは初めてだ。しかも、今日お弁当を作ってきていることは、実くんは知らない。私が勝手に作って持ってきた。
 だ、だって「お弁当作って行くね!」なんて自分から言うのも、なんだか張り切りすぎてるみたいだし、もし大失敗しちゃって持っていけなかったら困るし……! いや、すっごく張り切ったんだけどね! この間漫画で見た、公園で手作りお弁当を食べるデートに憧れちゃったの! 美味しいって食べて欲しいの!
 なんて、脳内で自分に言い訳をしていたら、後ろから「オハヨ」と声を掛けられて、飛び跳ねた。

「わっ! 実くん!」
「ゴメン、驚かせるつもりはなかったんだけど……」
「ううん、私こそボーッとしちゃってたから!」

 ベンチを少し詰めれば、実くんが隣に腰掛ける。いくつか色付いた葉っぱの落ちる地面に、私より一回りは大きいブーツが並んだ。

「すっかり秋ですな……」
「ねー」

 そのまま秋のファッションのこと、スイーツのこと、近づいてきた最後の文化祭のこと。他愛のない話がポンポンと弾んだ。毎日のように学校で会って、話しだってしているのに、話題が尽きない。

「昼、混む前にどっか入るか?」

 おしゃべりが一息ついたところでそう提案されて、忘れかけていた緊張がぶり返す。

「じ、実はね……お弁当作ってきたの」

おずおずとお弁当の包みを実くんへ見せれば、「エッ!?」と声と眉を上げて驚く。

「食べてくれる?」
「モチロン。てか食べない以外の選択肢がナイ。今すぐ食べたい」

 向こう行こう、とお弁当をしっかりと掴んで私の手も引いて、テーブルのあるベンチまでスタスタと歩き出す。そんな実くんの背中を見ながら、思わず笑みが漏れた。
 そうだった。今までだって、私が実くんを想ってしたことに、実くんが嫌な顔なんてしたことなかった。
 それに気付いてしまえば緊張もどこかへ飛んでいったようで、お弁当を食べた実くんがどんな反応をしてくれるのか、今度はワクワクしてきちゃった。

「うわ、美味そー……写真撮ってイイ?」

 お弁当を開いてみせれば、目を輝かせて覗き込む。秋の旬も意識した、カラフルなおかずたち。
 作ってきたとは言ったものの、お母さんにもたくさん手伝ってもらった。実くんにお弁当を作りたいから教えてほしい、と正直にお願いするのはなんだかむず痒かったけれど、作りながらお母さんと実くんの話が出来て楽しかったな。
 それを実くんに伝えると、「今度、美奈子のお母さんにもお礼言わないとだな。てか俺のハナシって……」と照れ臭そうに微笑む。

「美奈子が一番好きなおかずは?」
「これ!」

 私が指差したのは、鶏とさつま芋の炒め物。お母さんがよく作ってくれるおかずで、昔から大好きだった。自分で作ったのは今日が初めてだけれど、お母さんの味を作れたと思う。味見したお母さんからも褒められたしね。
 いただきます、と手を合わせてから一口。すぐにどう? と聞きたくなるのを堪えて、リアクションを待ってみる。

「スッゴク美味しい、です」
「ふふ、どうして敬語?」
「いや、なんか感動して……美奈子もホラ、あーん」
「えっ!」

 さつまいもを摘んだお箸が、こちらへ向けられた。あまりにも自然な動作にびっくりして固まっていれば、実くんの頬が赤く染まっていく。
 ……そこは実くんが照れちゃダメでしょ! 私の頬にも赤みが伝染してきた気がする。顔が、熱い。
 少し身を乗り出して「あ」と口を開けた。そっと放り込まれたさつまいもが、やけに甘く感じる。もぐもぐと口を動かしている間、視線を感じてチラリと目線だけ上げてみれば、目が合った。

「ほ、他のもどんどん食べてね!」
「あ、あぁ。サンキュ、食べる」
「私も食べちゃお!」

 恥ずかしさを誤魔化すように早口で捲し立てて、せっせとおかずを摘んで食べ始める。うん、おいしい。おいしいんだけど……味に集中し切れないくらいにドキドキしてる。
 お互いにうっすらと赤い頬で、途切れ途切れの会話をしながら、お弁当を食べ進めた。
 木から落ちていく紅葉の速度が、やけにゆっくりに見えた。

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