夏の燃え殻



「あ……これ」
期末試験を無事に良い成績で終えて、年末に向けて少しずつ部屋の掃除を進めていたら机と壁の隙間に花火セットを見つけた。まるで隠すように置かれていたそれは、大成先生と一緒にできたらいいな、なんて夏休みの始めに浮かれて買っていたものだった。
まぁ、その直後に色々あって夏はそんな機会はなかったのだけれど。そもそも大成先生と会えなかったし。
あのときを思い出すと、今でも少し気持ちが沈んでしまう。まるで線香花火みたいに、小さくパチパチと弾けていた楽しい時間が、突然ぼとりと落ちてなくなった夏だった。
痛んだ胸を誤魔化すように花火セットをぎゅうと抱き締めて、くしゃりと鳴ったプラスチックの音で我に返る。沈みかけた思考を、頭を振って取っ払った。
これ、来年の夏まで置いてたら湿気ちゃいそうだよなぁ……せっかくだし使いたいな。
大きめのショッパーに、花火セットを詰めた。

▽▲▽

コンビニ塾の前に余多門高校まで大成先生を迎えに行き、出てきたところで「じゃーん!」と効果音を付けて花火セットを前に掲げれば、一瞬ポカンとした顔をして「今、真冬だけど」と首を傾げる。
そんな真冬にいつもチョコミントアイス食べてる人が言います? 、と頭に浮かんだ言葉は飲み込んで「夏に大成先生としたいなと思って買ってたんです」と素直に答えれば、少しだけ眉が下がって寂しそうな顔をする。
あぁ、そんな顔をさせたかった訳じゃあないのに。
「だから、夏にできなかった分付き合ってください! 野良さんたちもどうですか?」
大成先生の後ろにいた野良さんたちにもそう声をかけると、ノリ良く「やる」との声が返ってくる。その様子に笑いながら「じゃあ、やろうか」と大成先生も言ってくれて、いつもより賑やかにコンビニ塾へと歩き出した。

▽▲▽

冬は日が沈むのが早いから、少しだけ勉強をして海辺へと向かった。大成先生と並んで海まで歩くのは、花火大会以来だ。むっとした暑さだったあの日とは正反対に、冷たい海風が頬を撫でる。ガヤガヤとした人の波も、屋台もない。季節が変わるだけで、まるで別の場所みたいだった。
特になにか話すでもなくゆっくりと歩いていれば、私たちが勉強をしている間に先に準備をしてくれていた野良さんたちがこちらに気付いて、早く早くと手を招く。その手には既に花火が握られていた。

「あいつらのほうが楽しんでないか?」
「ふふ、ですね」
「お前ら、あんまりはしゃぎ過ぎるなよ!」

そんな注意の声に「へーい」と軽い返事が返って来て、「聞く気ないな」と溢した先生に思わず吹き出す。3人は、早速火をつけ始めて楽しそうに走り回っている。花火の光で照らされたその顔は、普段より随分子供っぽく見えた。

「私たちもやりましょう!」
「そうだな、早くしないとあいつらに全部取られそうだ」

1本ずつ手に取り、そっと火を付ければ激しく燃え出す花火。冬の海辺に似合わない、バチバチと燃える音と眩しい光がなんだか不思議な気持ちにさせる。
それからしばらく、野良さんたちが大成先生にちょっかいをかけて追いかけられたり、私も一緒になって追いかけたりと、楽しんだ。うっすらと汗をかくくらいには。
もう残りが線香花火だけになった頃、野良さんが「サクセス、俺たち喉渇いたから買ってくる」と2人を引き摺るようにして歩いて行ってしまった。わざわざ3人で行かなくても……と思いながら見送れば、少し離れたところで一度こちらを振り返った野良さんが、大成先生に向けてグッと親指を立てた。

「あいつ……」
「なんですか? なにがグッド?」

野良さんが何を言いたいのか分からず、私も親指を立てて先生に向ければ、「なんでもない」と含み笑いを溢す。

「絶対なんでもなくないじゃないですか〜!」
「なんでもないんだって。ほら、線香花火やろう」

納得いかないけれど、線香花火を渡されて隣でしゃがまれてしまっては、私も倣ってしゃがむしかなくて。
火を付けるとどんどん膨らんでいく火の玉。やがて、一つずつパチッ、パチッと音を立てて弾けていく。さっきまでの花火とは打って変わって、小さく可愛らしい音。

「線香花火の弾け方に、名前があるって知ってる?」
「え、そうなんですか?」

火の玉から、大成先生へと視線を移す。線香花火の小さな光に照らされた大成先生は、見たことのない柔らかな表情で火花を見つめていた。その表情に、なぜか胸がドキリと鳴った気がした。

「うん、何だったかな。俺もうろ覚えだけど、大きく4つに変化するんだ」
「4つ……」
「あぁ。人の一生を表現している、なんて言う人もいる」

弾け方に種類があるなんて今まであまり意識したことがなかったけれど、確かにバチバチとさっきよりも激しく弾けたかと思えば、今度は勢いが弱まってゆっくりと一本一本筋になって落ちていく。

「これは確か、散り菊。もう最後だ」
「散り菊、ですか」
「細い火花が、菊の花びらみたいだろ?」

言われてみれば、そう見えてくる。いっぱいあった花びらが、静かに舞い散って行くみたい。
段々と散っていく火花も小さくなり、最後は二つの火の玉がほぼ同時にジュッと音を立てて燃え尽きた。

「あ……引き分けかな」
「ふふ、そうですね」

火が絶えた線香花火に、寂しさを覚えることはなくて。
置いてきた夏の日を取り戻す様に、明るく灯された冬の夜だった。

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