唇がそう動く


あのコが「ニーナ」と可愛らしい声と笑顔で呼んでくれるのがスキだった。
それなのにオレの中で染み込んでいたその呼び名が、どこか一線を引かれているようで寂しく感じるようになったのはいつからだったっけ。
クラスメイトの女子から「ジュンペー」なんて呼ばれたあとなんかに、あのコから「ニーナ」って呼ばれると嬉しいと同時に物足りなさなんか感じちゃったり。

「明日の昼休みは迎えに行くから教室で待っててね!」とメールが届いたのは今日になる2時間前くらいのこと。昼休みに一緒に過ごすことはたまにあっても、こうやって前日に予告されることなんて初めてで、今日という日が11月25日なのも相まってソワソワしてしまう。
期待すんなってほうが無理っしょ。
4限目の終了を告げるチャイムと同時に席を立つ。すれ違いになるのはカンベンだから、教室を出てすぐのところで待つことにしよう。
たまたま通り掛かった去年同じクラスだったヤツに「オメデトー」と祝われたのをきっかけにその場にいた数人が祝ってくれる。それに「あんがと!」と返していれば、視線の先に待ち人現る!
パチリと視線が絡まって笑顔見せた彼女は「ニーナ」とオレを呼んでパタパタと駆け足でこちらへと向かってくる。
そんなに走るとお弁当傾いちゃうぜ?

「ちゃんと教室で待っててって言ったのにー!」
「いやいや、ほぼ教室っしょ?!」
「ふふ!うん、ほぼ教室だ」

ちゃんと待ててエライぞ!と背伸びをして手を伸ばしてくるから、少し屈めば小さな掌で頭を撫でられる。これも最初はコドモ扱いされてんなー、なんて思ってたけど、今じゃ仲のイイ後輩であるオレの特権として喜んで頭を差し出しちゃってる自分がいる。だって他のヤツにやってるとこ見たことねーし?オレの特権ってことにさせといて。

「ニーナ人気者だね?」
「うん?」
「さっきたくさんお祝いされてたからさぁ」

屋上での昼メシが寒くなってきた先月ごろから使っている空き教室に着いて、ニコニコとオレより嬉しそうにそう呟く美奈子ちゃん。
……一番祝ってほしいアンタにその言葉をもらってないんですけど?と思わないでもないオレは、少し口を尖らせて「まーね」と返す。それを目敏く見つけた美奈子ちゃんは、卵焼きを頬張ったまま口元に手を当ててくすくすと笑い出した。
あ、もしかしなくてもこのカンジは揶揄われてます?
そっちがその気なら、と可愛くない後輩のオレはぷいっと反対を向いて膝を抱えていじけて見せた。

「ニーナごめんごめん、こっち向いてよ〜」
「……美奈子ちゃんのイジワル」
「ふふ、ちゃんとお祝いさせて?」

ツンツンと脇腹を細い人差し指で突かれて仕方なく向きを戻せば、今度は軽く膨らませた頬を突かれた。思ったより近かったその距離に、固まってしまう。
不意打ちはヤメテ。

「お誕生日おめでとう、ニーナ」
「あ、うん、あんがと」

今日一日待っていたはずの言葉なのに、すぐ横にしゃがみ込んでいるその近さで貰えるなんて思ってもなくて、間抜けな返事が口から漏れ出た。そんなオレの反応になにか勘違いしたのか、眉も口角も下げて「怒った?」と聞いてくる美奈子ちゃんにハッと我に帰る。

「違う違う!あんたに祝ってもらえるのチョー待ってたから嬉しくて!」
「ほんと?イジワルしてごめんね?」
「ほんとのほんと!」

咄嗟に笑ってそう誤魔化す。ウソは言ってねぇし。
しょんぼり顔から戻らない美奈子ちゃんにどうしたものかと考えていれば、ふと今日なら許されんじゃねぇのっていうお願い事を思いつく。

「じゃあ一個、お誕生日サマのお願い聞いてくんね?」

そう問うと、きょとんとした顔でオレを見上げた次の瞬間には「お誕生日サマってなに!」と吹き出した。
これだけでしょんぼり顔飛んでったじゃん!お願いはやめねぇけど!

「いいよ、お誕生日サマのお願い聞かせて?」
「あのさ、名前……呼んでくんね?」
「名前?ニーナ?」
「そーじゃなくて、下の名前」

言ってから急に恥ずかしくなってくる。
美奈子ちゃんはといえば、一瞬だけ驚いたような顔をしてからふにゃりと笑う。
ほんとこのコ、表情コロコロ変わって見てて飽きねぇし、カワイイ。

柔らかく細めた目のまま、唇がいつもオレを呼ぶ「ニ」の形じゃなくて丸くなる。

「旬平くん」

ドキリと心臓が跳ねた気がした。
家族から呼ばれるソレとも、クラスメイトから呼ばれるソレとも全然違う。

「旬平くん、お誕生日おめでと!」

じわじわ熱くなる顔を隠すことすら忘れて「あんがと」と笑って返した。

お誕生日サマだけの間だけだと思ってた旬平呼びは次の日学校で会っても変わってなくて、物足りなさが解消されたどころかオレのキャパから溢れたのはここだけのナイショの話。

BACK
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -