尖らせた唇
「んっ、ちょ、すとっぷ! 実くん!」
ぐっと胸板を押して実くんの顔を離せば、無理矢理剥がされたことに不服そうな顔で「なんで」と聞いてくる。
なんで、って。こっちのセリフ!
今日の実くんはどこかおかしい。ずーっとべったりくっ付いてくるし、今みたいにすぐキスが降ってくる。
普段からお互いにスキンシップは多い方だけれど、今日はいつもとどこか違う。どう違うのかと聞かれてもよく分からないんだけど……。
「今日なんか変だよ? どうかした?」
「……どうもしませんけど?」
「うそだぁ」
ムッと唇を尖らせながらどうもしないと言い張る実くんに、絶対どうもしない訳ないでしょと私も唇を尖らせる。
そのままじぃっと見つめていれば居心地悪そうに視線を逸らして、私の肩口に顔を埋めた。顔の横に来たサラサラな髪からは、私とお揃いのほんのりと甘い香りがする。
「……昨日一緒にいたオトコ、誰すか」
「男?」
「迎えに行ったとき、初めて見た」
ぽそぽそと小さな声で呟かれた内容に頭をフル回転させる。昨日、一緒にいた男、迎えに行ったときの……。
「あぁ! 新人くんかなぁ?」
3つの単語からヒットしたのはバイト先の新人くん。先週新しく入ったらしく、歳も近いことから私が教えに入っていた。昨日はその子のミスで少し帰りが遅くなってしまって、「もう遅いですし僕も一緒に待たせてください!」と言ってくれたのだ。それで、実くんが来てくれるまで一緒にいた。
そう掻い摘んで伝えると「ふーん……」とつまらなさそうに溢す。
頭をぐりぐりと押し付けて、ぎゅっと抱き締められる。とりあえずその頭を撫でてみると、もう一段強くぐりぐりされた。
……拗ねてる?
「ハァ〜〜……も〜……」
「え、どうしたの?」
「言うつもりなかったのに……」
「そうだったの?」
「カッコ悪……」
「ふふ、そんなことないよ」
よしよし、と背中を撫でながら笑えば、もおぉぉ……と唸る実くん。
「顔見せて?」
「やだ。ていうか無理、絶対情けない顔してる」
「嫌かぁ〜……でも見せてくれなきゃ、ちゅーできないなぁ」
どうする? もうしない? と口を耳元に寄せて小さくキスをすると一拍置いてからゆっくり動いて、口を尖らせながらこちらをじとりと睨む。する、と呟いたその頬は、赤く染まっていた。
今日の実くん、可愛いなぁ……。
緩む頬を隠すことなく尖った唇に軽くキスを落とせば、もっと、とでも言うように後頭部に手を回されて数回キスを繰り返すまで離してくれなかった。