その色に染まる理由は



「痛っ……」

笑った拍子にピリリと痛みが走る。昨日から荒れ模様だった唇が、ついに切れてしまったようだ。

「どうした?」
「唇、切れちゃったみたい」
「アララ……あ、コラ。舐めちゃダメだ」

下唇を巻き込むように舐めれば咎められたけれど一足遅く、口の中には薄く鉄の味が広がった。その味に、美味しくない〜と下唇をベッと突き出すと、当たり前だと軽く頭を小突かれる。

「リップは?」
「今日に限ってポーチごと忘れました……」
「ハハッ、ポーチごとか」

そう、昨日ポーチの中身を入れ替えてたらそのまま忘れてきてしまっていた。ポーチごと忘れたら中身入れ替えた意味ないよ……。
切れた箇所をそっと撫でていると顎を優しく持ち上げられて強制的に上を向かされた。なんだ、と考えるより前に目の前にやって来た整った顔に、思わずほぅ……と息が漏れた。
ここまで近くで七ツ森くんの顔を見ることなんて滅多にない。Nanaファンの子に怒られちゃうかな、なんて思いながらもスベスベなお肌やスッと通った鼻から目が離せなかった。

「傷になってるな」
「え、あ、うん?」
「……何? 俺の顔に見惚れでもしてました?」
「うん」
「ハ?!」

ニヤリと悪戯っぽく笑った七ツ森くんに素直に肯定すれば、なぜか焦ったように目を逸らして鞄を漁り出す。顔が離れていってしまって少し残念だった。
もうちょっと見ていたかったな、なんて思っていればもう一度顎に指が添えられて視線が上げられる。近づいてきた顔はさっきよりもほんのりと赤い気がした。それは教室の窓から入り込んでいる西陽のせいか、それともーー。

「唇ちょっと突き出して。ん、って」
「……ん?」
「そ、」

七ツ森くんの長い指がそっと唇をなぞる。指と唇の間にはもったりとした感触の何かが挟まれていた。リップ?
優しい指の動きがくすぐったくて唇に力を入れると、コラとまた咎められたから、目を閉じて瞼に力を入れることで必死に耐えた。唇を動かさずに小さく笑っていた私を褒めて欲しい。
上下に塗り終えると指が唇の中央で止まって、柔らかいそこを軽く押した。
ゆっくり目を開けると、さっきよりも近くに感じた七ツ森くんの顔。メガネ越しにバチリと視線が絡んで、2人とも動くことなくじっと見つめ合った。数秒のできことだったと思うけれど、妙に長く感じたその時間。グラウンドの運動部の声やボールの音がやけにしっかりと聞こえてきた。
近くで廊下を歩く誰かの足音が響き、お互い我に返る。どちらからともなく視線を外した。

「ハイ、おしまい。傷のうちはワセリン、家でもちゃんと塗っとくこと」
「……うん、ありがとう!」

パッと指を離して、身体ごと離れていった七ツ森くんは、気まずさを隠すように下を向いて鞄に持っていたチューブを仕舞う。
私もなんだか七ツ森くんを直視できなくて、頬杖を突いて窓の外を眺めた。
さっきまであんなに近くでじっくり眺めていた顔なのに、どうして?
じわじわと頬が熱を持つのが分かった。七ツ森くんが触れていた唇も、熱い。
これは熱くて眩しい、オレンジ色の西陽の所為なのだと言い聞かせて、頬の熱が引くまで黙って外を眺めていた。

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