二人で歩く道


学校からの帰り道をゆっくりと歩く2つの凸凹した影。3年間通い慣れた道だけれど、最後の最後にこうしてこの人と並んで歩くなんて想像もしてなかった。
しかも、その2つの影は真ん中で繋がっているのだ。
今まで一度だけ手を繋いだことはあった。でもそのときはきっと、その手に深い意味なんてなくて。人も多かったし迷子防止とか、そういうの。
でも今は、想いが通じ合ったあとな訳で。繋がれた意味が変わっている。そう考えると余計に気恥ずかしくて、じわりと手汗が滲むのが分かった。
そっと横顔を盗み見ようと視線を動かせば、向こうもこちらを見ていて、「あ」なんて間抜けな声が口から漏れた。

「ん?」
「いえ……大成先生と、この道を歩いてるのがなんだか不思議で」

思っていたことをそのまま伝えれば少し目を細めて微笑む。

「君が3年間通ってた道か」
「はい」
「来月からはまた新しい道を歩くんだな」

ゆったりとしたテンポで話す大成先生の声に耳を傾けながら、ふと思う。

「大成先生って……私の名前知ってます?」
「え?」
「あ、いえ」

頭に浮かんだ言葉がそのまま漏れ出てしまい、自分でも驚いた。呟いた声は大成先生にはちゃんとは届いてなかったようで、聞こえなかったからと聞き返してくる。
もう一度面と向かって言うにはなんとなく気が引けて、なんでもないです、と言ったものの大成先生の足が止まり、教えてと優しく問いかけられる。私をじっと見つめるその瞳が、少しだけ不安そうに揺れた。

「あの……先生って私の名前、知ってるのかなってちょっと気になって……」
「え? そりゃあ知ってるけど……?」

予想外の質問だったのか、珍しく目をパチクリとさせて驚いている先生を可愛い、なんて思ってしまったけれど、その様子からしてどうしてそんなことを聞かれたのか分かっていないらしい。
だって……

「だって大成先生、私の名前一度も呼んだことないじゃないですか」
「……呼んでなかったっけ?」

さらに目を開いて驚く先生に、笑いが込み上げてくる。
気付いてなかったんですね。
立ち止まったまま固まってしまった先生の手を引いて、「呼ばれてないですー!」と笑いながら歩き始めれば引き摺られるように着いてくる。
角を曲がると、もう家が見えてきてしまった。寂しいな。もう少し並んで歩いていたかった。
思わず繋いでいた手をきゅっと握ると、また大成先生の足が止まった。どうしたのだと振り向くより先に「美奈子」と呼ばれて、今度は私が驚く番だった。
瞬きを繰り返すだけで何も言わない私に、「あ、美奈子ちゃん、の方が良かったか?」なんて呑気に聞いてくる。

「ど、どっちでもいいです……」
「ん、じゃあ美奈子って呼ぼう」
「……はい」
「照れてる?」

熱くなった頬に手を当てて俯いていれば、楽しそうに笑う。悔しくてもう一度きゅっと、さっきよりも強く手に力を入れれば、その手をくいくいっと2回引かれた。
こっちを見て、とでも言うようなその仕草に少しだけ視線を上げると、赤い髪が飛び込んできた。
突然の近さに一歩下がりそうになるも、繋がれた手がそれを許してくれない。

「オレの名前は? 知ってる?」
「え、はい……」
「呼んでみて」
「……大成、功」
「名前だけ」
「え!?……あの、」

言い渋る私に大成先生は軽く首を傾けて、目で促してくる。
別に名前を呼ぶのが嫌な訳じゃない。恥ずかしいだけ。
ゆっくりと小さく、口を開いた。

「い、さお……さん」
「ははっ。うん、まぁいいか今日はそれで」

ぽん、と頭を撫でて「及第点だ」と嬉しそうに微笑んだ。その手は頬へと滑り、熱くなった顔を親指でそっと撫でていった。

……この道を、赤い顔で歩くのも初めてだなぁ。

明るい夕陽が、より濃く2人の影を作った。

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