月影の下で踊ろう


はぁぁぁぁ……。
バイトへと向かう道を歩きながら、今日何度目かのため息を吐く。
今日は2月9日で、恋人である実くんの誕生日。バイトは前々から休みを申請していて、夕方までお仕事のある実くんと夜には合流する予定だった。それなのになぜ私はバイトに向かっているのでしょうか。
A,季節風邪のせいで人手不足だから。
お世話になっているマスターに困った声でお願いされては断ることなんてできなくて。実くんは実くんで「俺も仕事遅くなってあんたのこと待たせちゃうかもだし、週末にまた改めて会おう」と言ってくれた。おめでとうは0時ぴったりに電話で伝えられたけれど、やっぱり当日に直接お祝いしたかったなぁ……。
まぁ、そんなことを言ってももうしょうがない、と頬をぺしりと叩いて気合を入れ直してからバイト先のドアを開けた。





人手不足の時に限って忙しい店内で動き回っていれば、落ち込んだ気持ちに構ってる暇なんてなくてせかせかと働いた。だいぶ人の流れが落ち着いたところで時計を見ると短針は7に近づいていて、実くんは無事にお仕事終えられたかなとふと寂しさが蘇る。……私もあと2時間だ、頑張ろう。
またカランとドアベルが鳴って、いらっしゃいませと浮かべた笑顔が思わず固まった。店内に入ってきたのが、今日一番会いたかった人だったから。

「オツカレ」
「え、あ、実くんこそお疲れ様! どうしたの?」
「一目会いたくなっちゃってさ」
「と、とりあえずお席へどうぞ!」

席に案内しながら「会いたすぎて幻覚でも見えちゃったのかと思った」なんて呟けばクツクツと可笑しそうに笑って、「ホンモノですよ」と頭を軽く撫でられた。

「あんたが終わるまで待ってるから、一緒に帰ろう」
「まだ2時間もあるよ?」
「2時間なんてあっという間だ」
「ふふ、ありがとう。ごゆっくりどうぞ」
「あぁ。残りもガンバレ」

実くんが指差したいつものメニューをメモして、カウンターへと下がれば実くんと私の仲を知っているマスターがニコニコしてこちらを見ていて、まるで「良かったねぇ」といつものゆったりとした声で言われているようだった。胸がくすぐったくなりながらも、笑顔を返したところでハッと思いつく。マスターの横に行って、内緒話をするように声を潜めてそれを伝えれば、微笑んで頷いてくれた。お礼を言って、自分の仕事へと戻る。

「小波さん、これ彼のテーブルにね」
「わぁ……!」
「ふふ、おじさんのセンスですみませんがね」
「とっても素敵です! ありがとうございます!」

目の前に置かれたパフェ。それはよく実くんが頼むものだけど、いつもと装いが違った。他のパフェに使うカラフルなチョコスプレーやアラザンが天辺に振りかけられて華やかになっていて、パフェグラスが重ねられたお皿には『Happy Birthday』の文字がチョコペンで器用に書かれている。常連さんである実くんへのスペシャルプレートだ。
「お待たせしました」とパフェをテーブルへと運べば、スマホに向いていた目がパフェを捉えて、大きく開かれた。パフェと私とを交互に見て、大きな目をパチクリとさせる。実くんがこんなに驚いてるの、久しぶりに見たかも。なんだか可愛い。

「ふふ、マスターに頼んで作ってもらいました」
「エッ!?」

バッと実くんが振り向けば、カウンターの向こうでニコニコしながらひらりと手を振ってくれたマスター。それにまた驚きながらも「ありがとうございます」と会釈して、もう一度パフェに向き直る。嬉しそうに笑いながらスマホをパフェに向けてカシャリ。

「実くんとパフェでツーショット撮ってあげようか?」
「ハハッ、イイかもな。うん、じゃあお願い」

チョコで書かれた文字が綺麗に見えるようにサッとお皿を持ち直した実くんはさすがモデルさんだ。自分だけじゃなく、小物の見せ方もバッチリ。Nanaの姿じゃない、誕生日を迎えたただの無邪気な19歳の姿をカメラに納めた。あとで私にもこの写真送ってもらおう。
丁度写真を撮り終えたタイミングでドアベルの音が私を呼び、接客に戻った。
食器を下げながら盗み見た実くんは、頬を緩ませて美味しそうにパフェを口にしていて、私の頬まで緩んでしまうところだった。危ない危ない。





「うわ、寒いな」
「ねー」

2人揃って店を出れば冷たく乾燥した空気が全身を包み込み、思わず肩を縮こめた。今日は一段と冷えるって朝の天気予報で言っていたっけ。
今日の撮影の話を聞いたり、店が忙しかったと他愛無い話をしていれば私の家にすぐ着いてしまう。バイト先から家までが近いのは便利だけれど、実くんと一緒に帰る時だけは距離が伸びれば良いのに、なんて思ってしまう。

「実くんちょっとだけ時間平気?」
「ヘーキだけど……?」
「プレゼント取ってくるから、待ってて!」

実くんの返事を聞くよりも早く、急いで家に入って階段を駆け上がる。せっかく今日会えたんだから、今日渡したかった。綺麗にラッピングされたプレゼントを引っ掴み、階段を降りたところで気付く。
玄関まで上がってって言えばよかった! こんな寒いなか外で待たせるなんて私のバカ……!

「寒いのに待たせてごめん!」
「いや、全然待ってない」
「改めて、お誕生日おめでとう」

月の光に照らされた顔がふわりと笑って、差し出したプレゼントごと私を抱き締めた。「サンキュ」と耳元で囁かれたと同時に、小さくリップ音を立てて外気で少しだけ冷えた唇が頬に触れる。

「じゃ、また週末な」
「うん。送ってくれてありがとう」
「おやすみ」

離れるのが寂しくてさっきまで私の肩を抱いていた手をゆるりと握れば、困ったように笑って反対の手で頭を撫でられた。まだ話し足りてないし、一緒にいたい。でもこれ以上実くんを寒空の下にいさせる訳にはいかないのも分かっている。週末までの我慢だ。
繋いだ手をぐいっと引いて、近くなった顔に背伸びをしてそっと口付けた。「おやすみ!」と逃げるようにドアの前まで駆けて振り返れば、口元を抑えて眉を下げながらこちらを見ているその顔は、さっきよりもほんのりと赤みを帯び見える。プレゼントを持った手をバイバイと振る実くんに手を振り返せば、赤い顔で微笑んでから帰り道を歩いて行った。
その背中を照らす弦月は、これから満ちていくを楽しみにしているみたいに明るく輝いている。

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