見えなくたって統ばる気持ちは


窓から入り込んでくる冷たい風が頬を撫で、空には六連星が輝いている冬の夜。どこか沈んだ気持ちを飛ばそうと開けていた窓も、もう閉めないと身体を冷やしそうだ。窓のフチに手をかけたところで、浮ついた電子音が私に着信を知らせる。ガッと勢いよく窓を閉めてベッドに転がったスマホに、まるでビーチフラッグスかのように飛び付いて、通話ボタンを押した。
だって、この時間に掛けてくるのは一人だけだから。

「もしもし!」
『出るの早いね』
「ふふ、待ってたから」
『……そっか』

画面の向こうから聞こえてくる落ち着いた、私の大好きな声に沈んだ気持ちはふわふわと浮上し出す。
今は師走。師、のみならず受験生も忙しなくラストスパートを走り抜ける時期だ。去年の私がそうだったように一つ歳下である恋人は今まさに走り抜けていて、私も邪魔になりたくないからと会う頻度を減らしていた。
まぁ、それくらいじゃあ成績は落とさないと言ってのける一紀くんを説得するのは結構難しかったな。
その代わりと言っちゃあなんだけど、私も会えないのが続くのはしんどいからと物理的な距離を埋める様に毎晩こうして電話を繋いでいる。短い時間だし、今日は何しただとか、ご飯がおいしかっただとか他愛のない話ばかりだけれど、毎晩好きな人の声が聞けると言うのは嬉しいものだった。頻繁にデートをしているときでも毎日は声を聞いていなかったから、新発見だ。一紀くんにとっても勉強の良い息抜きになっているようで、たまに眠たそうな声が聞ける。初めて眠そうな声が聞けたとき一紀くんに「だって先輩の声心地良いから」と言われて、びっくりした。しかも照れ隠しするように「私も一紀くんの声好きなの」と返せば二人して照れちゃって、その日はドキドキしながら電話を切ったっけ。

『先輩は今日何してたの』
「今日はねー、バイト行って……あ、そうそう!」
『なに?』

今日一日を頭の中で振り返ってみて、ふと思い出した。

「今日ね、バイト先にたまに海で見かけるサーファーの人が来たんだよ!あの真っ赤なサーフボードの人、わかる?」
『……あぁ、うん。分かるよ』
「向こうもなんとなーく覚えててくれたみたいで、一紀くんにもよろしくーって」
『……そ』

いつもサーフィンの話になると弾む声が今日は逆に沈んでしまって、あれ? と首を傾げる。

『他には? その人と何か話した訳?』
「えっと、サーフィンの写真見せてもらったくらいかな?」
『ふーん』

特に会話らしい会話はあれだけだったけれど、この間撮れた写真がすごくお気に入りだったらしくて見せびらかされたのだ。サーフィンの、というか夕日の写真だったのだけれど、私には前にもらった一紀くんからの年賀状の夕日の写真のほうがよっぽど綺麗に見えた、なんて引き出しにしまってあったそれを眺めながら思う。

「あれ? 一紀くん?」
『……なに?』
「いや、えっと……どうかした?」

ふーん、とつまらなさそうに呟いてから、明らかに口数が減ってしまった一紀くんにそう尋ねると小さなため息が聞こえてきた。
ねぇ、今どんな顔してるの?

『僕は君に会えないって言うのに……しかもサーファーとか……』
「え?」

ぼそぼそと小声で何か呟かれたけれど、くぐもってよく聞こえなくて聞き返そうとするよりも早く、二度目の小さなため息と共に「先輩」と呼びかけられた。

「は、はい!」
『……次そのサーファーが来ても無駄話はしないこと。接客の範囲内で済ませて』
「え! で、でもお客さんだよ?」
『それでも君が、他の人に目を向けるなんて……ナンセンス』

一拍置いてからぶっきらぼうに呟かれたその言葉に、思わずスマホを落としそうになる。
それって、それってつまり……。

「もしかして一紀くん、嫉妬……?」
『はっ?!』

言ったら怒っちゃいそうなのは分かってはいたけれど、言わずにはいられなかった。サーフィンの話題なのにつまらなそうだったのは、そういうこと?

『……だったら何だっていうの。悪い?』
「え!?」

また黙り込ませちゃうかと思えば、予想を斜め上の答えにスマホを持った手に、ぎゅっと力が入った。

『ふん』
「え? ……えっ?!」
『……それしか言わないならもう切るよ』
「ごめんごめん待って! 切らないで!」

一紀くんから見えているわけでもないのに、ベッドから立ち上がって「待って!」と手で制す。通話が切られてないことを確認し、スーハーと深呼吸。

「ふふ、次回からは接客の範囲内にします」
『そうして、っていうか何笑ってるの』
「だって嬉しくて」

分かりやすく嫉妬してくれるの、初めてだから。でもこれ以上笑ってると今度こそ電話を切られてしまいそうだから、さっきの言葉はそっと胸の奥にしまって「一紀くんは今日どうだった?」と話題を変える。
電話が来てからふわふわと浮上し始めていた気分は、すっかり高いところを維持していて。窓に寄って外を覗けば、さっきよりも綺麗に六連星が輝いて見えた。

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