君とカレでは次元が違う
「あ、浮気だ」
私のゲーム画面を覗き込んだ恋人がそう呟く。
「浮気じゃないでーす」
「えー、でもゲームの中で恋すんでしょ?」
「うん」
「浮気じゃん」
「いたっ」
ごちん、と鈍い音が聞こえるくらいの勢いで私の頭に凭れかかってこられて手元が狂う。セリフ飛んだんだけど、とゲーム画面から視線も外さずに言えば何も言わずにぐりぐりと頭で攻撃してくる。
……もしかしてゲームに嫉妬してるの?
さすがにここ数日ゲームやりすぎたかな〜と心の中で少し反省したが、画面の中のカレに微笑まれてしまえばそちらの世界に吸い込まれてしまう。ごめんね倫太郎。
今ハマっているゲームはいわゆる乙女ゲームというもので。高校生になって青春中だ。
今までゲームはそれほどしてこなかった私がここまでハマるなんて、と最初は見守ってくれていた倫太郎だったが、そろそろ構って欲しいらしい。
「……そんなに楽しい?」
「倫太郎もやってみる?」
「ハァ?」
「意外と男の人も楽しんでるらしいよ!よし、やろ!」
楽しんでる男の人っていうのは実況者の人とかだけど。
ちょうどキリがよかったからセーブをして、倫太郎用に新しいデータを選んで半ば無理矢理ゲーム機を渡す。
「倫太郎じゃ可愛くないからリンちゃんにしとこ」
「はいはい」
「はい、じゃあいってらっしゃい!」
名前を設定してゲームの世界のリンちゃんを送り出す。リンちゃんは誰に恋するのかな〜。
「あ、この子私の推し」
「へぇ、コイツが浮気相手なんだ」
「倫太郎も好きになるって〜!」
「は?浮気相手のこと好きになれるわけないじゃん」
「も〜!」
私の推しキャラのカレが登場したから紹介すれば、画面を軽く睨んだ倫太郎は適当に会話を選択していく。
そのキャラからの返答に「何コイツ、超塩対応なんだけど」とボソッと呟くが、私としては……
「……人のこと言えないと思うよ?」
「え」
「初期の倫太郎、超塩対応だったもんな〜」
驚いた顔でこちらを見てくる倫太郎に軽く吹き出してしまう。
え?もしかして自覚なかったの?
今でこそ優しいし、甘いときは甘い倫太郎だけれど、初期の倫太郎は超塩対応だった。本当に塩。岩塩の塊か?みたいな。そんなんでも恋しちゃった私が、頑張って岩塩を削って攻略していったから今に至るわけで。
「こんな酷くないでしょ」
「ふふふ……」
「ちょっと、意味深な笑いやめて」
画面のカレよりも塩対応だったことが不服なのか口が尖る。それでもゲームを進める手は止めない倫太郎に笑いながら、リンちゃんの高校生活を見守った。
「ナマエ」
「ん?」
「ここ来て」
「え?」
ここ、と座っていた脚を広げてその間を叩く。よく分からないけれど倫太郎の言うとおりにそこに座れば後ろからぎゅっと抱きしめられる。お腹に回ってきたその手にゲーム機はなくて、いつの間にか倫太郎の横に電源を切って置かれていた。
ちゃんとセーブした?
「どうしたの?」
「んー、別に。ちょっと休憩」
ぐりぐりと肩口に頭を埋めながら喋るもんだから、擽ったい。いつもよりテンションが低めなその声は、拗ねているのか、疲れただけなのか。どちらかわからないけれど、取り敢えず頭を撫でておいた。
「……俺とゲームのアイツとどっちが好き?」
「へ?」
「やっぱなし、なんでもねえ」
ハァ、と溜息を吐いてさっきよりも強めにぐりぐりされる。ちょっと痛いけれど、その痛さも気にならないくらい倫太郎の言葉が頭の中を支配する。
え、待って?そんなにゲームにヤキモチ妬いてたの?あ、私が倫太郎の方が塩対応だったとか言ったから?
可愛すぎる恋人に思わず笑みが漏れてしまい、それに気付いた頭を埋めたまま倫太郎は「うざ」と小さくつぶやく。
そんなことを言いながらも、ちらりと横を見れば普段よりも赤い耳が見えて、さらに頬が緩んだ。
「ふふふ、倫太郎の方が好きに決まってんじゃん」
「うるせえ、俺は何も聞いてない」
そんなの比べるまでもないよ。
今日はもうゲームは止めにして、現実のカレを構ってあげようかな。
赤い耳に唇を寄せれば、耳と同じくらい赤い顔でじとりと睨まれて、次の瞬間には唇を食べられてしまった。