お世話したがり



「……倫太郎サン?」
「なに?」
「着替えくらい自分でできるって」

私の声を無視して、ぷちぷちとブラウスのボタンを外していく倫太郎。
でもまぁ、この小さなボタンを外すのは今の私には少し難しいかもしれない、と真っ白い包帯でぐるぐる巻きにされた利き手を眺めた。なんとも仰々しく巻かれたものだ。
利き手を負傷して病院から帰宅してからというもの、なんというか、めちゃくちゃ世話を焼かれている。靴すら自分で脱がせてもらえなかった。脱ぎやすいパンプスだったから余裕で自分で脱げたんだけどなぁ……。

「バンザイして」
「んー」

いつの間にか下着姿にされており、バンザイと腕を上げればワンピースを被せられて部屋着に大変身。いくつかある部屋着の中から、脱ぎ着が少なくて着替えやすいワンピースを選んでくれるあたり流石である。
私を着替えさせ終えて自分も着替えてくると、帰りにスーパーで買ってきたお惣菜も温めて準備してくれる倫太郎。手伝おうとすればソファに強制的に戻され、の繰り返しで諦めた。……もういいや、甘えよう。

「はい、あーん」
「……自分で食べれるって」
「その手で?」
「スプーンとフォークなら持てるもん」
「……」

スプーンを持ってみせるも、あーんの体勢は崩されない。真顔でこっちを見つめないでください……。
渋々、口を開けてあーんを受け入れれば、ちょっと楽しそうにまた差し出してくる。楽しいならいいですけども。結局そのまま食べさせられて終わった。ちなみに麦茶のグラスにはストローまで刺してあってびっくりした。うちにストローなんてあったっけ?

「さっさとお風呂入っちゃおっか」
「……まさかお風呂まで一緒に着いてくる気?」

じとり、と倫太郎を見れば「当たり前じゃん?」とでも言いたげな顔で小首を傾げている。その仕草似合っちゃうのがむかつく。可愛いなクソ。

「いや、お風呂は1人で大丈夫だつて」
「今更恥ずかしがることないじゃん」
「……別に、恥ずかしいとかそういうんじゃ、ないし」
「じゃあいいじゃん」
「ちょ、まっ……!」

あれよあれよと脱衣所に連れ込まれ、先程着せられたワンピースがすぽんっと抜かれる。

「あ、濡れないようにしなきゃなんだっけ」
「あぁ、そういえばそうだった」
「んー……ビニール袋かけてラップかな。俺が洗うし使えなくていいでしょ」
「え、倫太郎が洗うの?」
「なんのために一緒に入るの?」
「……ア、ハイ」

もう今日は何を言ってもダメそうだ。
着替えに食事、お風呂。そこまでさせるのは申し訳ないと思うことばかりだが、楽しそうに世話を焼いてくれる倫太郎も可愛くて強くは言えない。なんだかんだ喜んでる私も心の隅っこにいるし。
脱衣所で下着姿のまま放置し、台所からビニール袋とラップを持ってきた倫太郎は優しく私の利き手を持って濡れないように工夫してくれる。
包帯の上からビニール袋。ビニール袋の口はラップでぐるぐる。

「キツくない?」
「うん、大丈夫」
「よかった」
「わ、」

急に抱きつかれて何事だ、と思えば背中に回った手がブラのホックを外す。そのまま首元と胸元にちゅ、ちゅとキスをしながら膝を曲げて倫太郎の頭も下がっていく。倫太郎が床に膝をついたところで嫌な予感。下腹部にふっと吐息がかかり、腰にあった手がショーツに添えられた。

「ちょ、待って待って!パンツくらい自分で脱ぐ!」

咄嗟に倫太郎の頭を軽く叩けば、手を止めてちらりと視線を寄越して意地悪く笑った。色んな意味で楽しんでるな……。ショーツを少しずらして、際どい所をちゅうっと吸われる。

「ん……っ、も〜寒いから早く入りたい〜」
「はーい」

足首まで落とされたショーツから足を抜き、お風呂場のドアを開ければモワッと温かい空気と良い香りに包まれる。入浴剤まで入れてくれたの?しかも倫太郎のお気に入りのやつだ。

「どうかした?」
「……脱ぐの早くない?」

私がショーツを脱ぐまではまだ部屋着姿だったはずの倫太郎なのだけれど、ぴとりと背中に当たったのは素肌。倫太郎の新しい特技、早脱ぎ。
ザッとシャワーで身体を流してもらって湯船に浸かる。利き手はなるべく濡らさないように湯船からは出しておくことにした。……なんか、片腕だけ浸からないの変な感じ。脚の間に挟まれたのをいいことに、倫太郎の胸に身体を預ける。怪我して病院なんて久しぶりだったなぁ、疲れた……。ため息をひとつ吐けば、ゆるく頭を撫でられた。

「おつかれ」
「んん〜……倫太郎こそ。ごめんね」
「なにが?」
「病院まで迎えにも来てもらっちゃったし」
「むしろそれは呼んでくれなきゃ怒ってたけど?」
「ええ〜?」
「じゃあナマエは俺が怪我して病院行ったの知らせずに帰ってきたらどう?」
「え、なんかやだ」
「でしょ」

確かに逆の立場だったらなんで連絡くれなかったの、と詰め寄る気がする。なるほど、そっか。

「俺はナマエのお世話できて楽しいよ」
「楽しいって……」

後ろからぎゅう、と抱き締められてお湯が揺れる。うーん、複雑。

「さて、身体洗おっか」
「……やっぱ自分で洗うからいいよ」
「よくないでーす、はい立って」
「ぎゃ!」

よいしょー、と言いながら両脇に手を差し込み立たされる。口ではああ言ったものの、諦めモードの私はあっさり洗われることにした。

「痒いところないですかー」
「ないでーす」
「流しまーす」
「はーい」

ガシガシと心地よい強さでシャンプー、手櫛を通すようにコンディショナー。ここは美容室だっけ、と思ってしまうほどの手付きに、ほぅっと息を吐く。
だがしかし、手が下へと降りて行くと雲行きが怪しくなってくる。

「手付きがヤラシイんだけど?」
「えー?気の所為でしょ。ナマエチャンのえっち」

わざわざ顔を覗き込んでそう言ってくる倫太郎。ムカついたから手に付いていた泡を「ふっ!」っと倫太郎に向けて吹いてやった。

「……やってくれんじゃん」
「え、待ってごめんごめん!ストップ!」

仕返しだ、と言わんばかりに手にしたボディタオルでもっこもこの泡を作って私へと向けてくる。それはずるいじゃん?!ぎゅっと目を瞑って泡を吹きかけられるのを待ったが、一向に倫太郎が吹く音もせず、泡も来ない。

「っひゃ!?」

恐る恐る目を開けようとしたその瞬間、胸元で泡が弾けた。思ってもいなかった攻撃と泡の擽ったさにバランスを崩したが、それすらも読んでいたように倫太郎が支えてくれる。

「あんまり遊んでるともう片方の手も怪我するよ?」
「誰のせいだと……!」

くつくつと笑っている倫太郎を睨むも、華麗にスルーされてシャワーで泡が流されていく。流しながらまた手付きがヤラシくなったからデコピンをお見舞いしておいた。利き手じゃないとデコピンの威力も半減だ。
洗い流し終われば、「おいで」とバスタオルを広げてくれて、そこを目掛けて抱きついた。またそれに笑いながらも、優しく身体を拭いてくれる。
髪を乾かしてもらいながら、ぺりぺりと腕に巻かれたラップを剥がす。濡れなかったみたい。それよりも。

「すごい顔してるけどなに?」
「……痛い」
「手?」
「うん、麻酔切れたかなぁ……」

じんじんと痛み出す手に思わず顔を顰める。すごい顔って言われた。彼女に向かって酷い言い草だよ。

「痛み止め飲んでもう寝な」
「そうする……」

いつもならまだ寝るには随分と早い時間だけれどもうへとへとなのは確かで、眠気も来ていた。処方されていた痛み止めを飲み、ベッドへ倒れ込んだ。

「痛いぃ……!」
「急に来たね」
「ほんと……さっきまで全然だったのに」
「でもま、お風呂も入ったあとで良かったじゃん」
「ん、そだね」

寝転んだ私の横に腰掛け、ゆっくりと頭を撫でてくれる倫太郎の手が心地良い。嫌な痛みに意識が向くのを阻止するように倫太郎の体温に集中すれば、きっとすぐ眠りにつけそうだ。

「倫太郎、」
「ん?」
「今日、ありがとね」
「あぁ、手治るまではしばらくナマエのお世話するからね?」
「え〜?」
「そりゃそうだろ」
「んん〜、でも嬉しいから甘えちゃおうかなぁ……」
「そ、甘えればいいんだって」
「ふふ、しあわせものだ」

うとうとした頭のせいで、思ったことがぽんぽん口から飛び出してしまう。眠いとどうしてか甘えたくなってしまうもので。
まだ喋っていようと必死に開けようとしていた瞼を倫太郎の大きな手が覆ってしまい、私は気付けば眠っていた。

「っふ、いつもこのくらい素直に甘えりゃいいのに」
「おやすみ」

だから倫太郎がそう言って微笑みながら、額にキスを落としたことだって知らないのだ。


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