9月6日


「ただいまー」
「鉄朗くんおかえり!」
「おう、……今日魚?」
「ふふ、魚だよ」

ドアを開けて我が家に入れば、パタパタと玄関まで駆けてきてお出迎えしてくれるエプロン姿のナマエ。それだけでも嬉しいというのに今日は奥から俺の好きな焼き魚の香りがプンプンしていた。思わず小さくガッツポーズ。なんの魚だろ。

「もうご飯できるから着替えてきてね」
「ハーイ」

キッチンへと戻るナマエを見送り、手を洗って自室へ向かう。焼き魚の香りのせいで、空腹が刺激されて腹が鳴りそうだった。さっさと着替えてナマエの飯にありつきたい。

「……ん?」

ちら、と視線の先に入った枕元。いつもと何かが違った気がしてもう一度そちらに視線を移せば、枕の上に封筒が置かれていた。花柄の可愛らしい封筒には『鉄朗くんへ』と丸っこい文字で書かれている。……ナマエの字だねぇ。
手紙なんて滅多に貰うことはない。今日は記念日か何かだっただろうか、と急いで頭を回転させるも特に思い当たらず首を傾げる。えー、開けるの怖いんですけど……。

「鉄朗くーん?ご飯できたよ〜」
「あ、おう!今行く!」

とりあえず飯だ、と封筒を持ったまま机に着けばナマエが大きな声で「あ!」とそれを指さした。

「もう見つけたの?!」
「……見つけちゃダメなやつだった?」
「いや、いいけど!寝る前くらいに見つけるかなーって」

ちょっと恥ずかしそうに「私の前では読まないでね!」と釘を刺される。そう言われると今すぐにでも開きたくなってしまうが、ナマエの機嫌を損ねるのも嫌だしナマエが入浴中にでも読むか、と汚れないように封筒は膝の上に置いて夕飯をいただくことにした。ちなみに今日の魚はブリ。脂乗ってて超美味かった。

▽▲▽

さて、ようやく封筒を開けられるタイミングが来た。風呂に行く前に淹れてくれた食後のコーヒーを一口含み、そっと封筒を開けた。中には同じ花柄の便箋が2枚。何が書かれているのか不安は多少あったが、あのナマエの反応を見る限り悪いことではなさそうと予想している。

『鉄朗くんへ』

そう始まった手紙には『いつもありがとう』やら『大好き』といった言葉がいくつも並んでいて、読み終わった俺は長く息を吐きながら机の上に脱力した。
俺の彼女超可愛いんですけど?俺も大好きだわ。

可愛いことをしてくれた彼女の顔が見たくなって、風呂場へと向かい服を脱ぎ捨てる。

「お邪魔しまーす」
「え!?」
「はいはい、ちょっとそっち寄ってね」
「え?!え??」

「え」しか言わないナマエを無視して湯船に浸かり、ナマエを足の間に入れた。すべすべな腰にぎゅっと腕を回して、後ろから「手紙ありがとな」と耳元で呟くと、か細い声で「うん」とだけ返したナマエはお湯に顔が浸くんじゃないかというほど俯いていく。こちらから見える耳も項も真っ赤っかだ。

そういえば、

「なんで今日手紙くれた訳?なんとなく?」
「……9月6日だったから」

手紙を読んでも解けなかった謎をぶつければ、今日の日付が返ってきた。
え?やっぱ今日なんか記念日だったか?
やらかした、と焦る俺をよそにナマエは「クロ、って読めるから」と続けた。

「鉄朗くん、クロって呼ばれてたなーって、鉄朗くんの日だーって思ったから……」
「は……」

確かに幼馴染からはクロと呼ばれているが、まさかの理由にぽかんとしてしまう。9月6日でクロだからって……どこまでも可愛い彼女にそろそろお手上げデス、と頭の中で両手を上げた。降参。

「はぁー……じゃあ来年はナマエの日にもなるかもな」
「どういうこと?」
「わからなくていいでーす」
「え?気になる!」
「……来年の今日にはお前も黒尾になってんじゃねーの、ってこと」
「……え?!」

ぐりんっと、勢いよくこちらに向いたナマエは、大きな目をさらに大きく開いて、とびっきりの驚いた顔をしている。口も半開きじゃん。
その間抜けな顔にクツクツと笑いながらナマエの頭にポンと手を置いて緩く撫でた。ようやく意味が伝わったのかじわじわと顔が赤らんでいく。

「ま、ちゃんと言うから待ってて」
「え、あ、うん……」
「顔真っ赤」
「ちょ、んぅ」

真っ赤な、血色の良い唇に噛み付いた。少し身を捩ってきたとこで腰に回した腕の力を弱めれば、唇は触れたまま器用に身を反転させて俺の首に腕を絡めてくるナマエ。

「っん、だいすき」
「俺も」
「ふふ」

幸せそうに笑う真っ赤な顔に、早く全部俺のものにしたいと欲がむくむくと湧いてくる。
来年の今日には、なんて言わずに今年中には伝えるから楽しみに待ってろ。


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