とんでいけ


「うっわ、なに?」

日直の仕事が終わり、部活も休みなので今日はもう帰ろうと体育館横を通れば水が降ってきた。顔を上げれば同級生の男子バレー部の面々が。半裸で、水が滴っている。何しとるん、部活中ちゃうんか。

「あ、ミョウジ。ごめんかかった?」
「げっ、すまん!」
「何しとん…」
「暑いから水浴び。」
「もはや水浴びっちゅうか水遊びやけどな」

まだ制服が夏服に切り替わっていない5月。今日の兵庫は25度を超える夏日だった。確かに暑い、けれども…

「本気すぎん?!」
「かっこええやろ!」

角名と銀島の水ピストルはまだしも、双子の水鉄砲はタンクが繋がったデカイやつだ。イカのバトルゲームみたいな。双子はドヤ顔でポーズを決めているが、ポップな色合いの水鉄砲では格好が付いていない。いや待て、よく見たら角名2丁持ちやんウケる。
随分と用意がいいなと思えば、水鉄砲たちは去年遊んだあと部室にそのまま隠し置いていたらしい。隠しておかないと厳しい主将先輩に怒られて捨てられかねないのだと。やはり強豪バレー部の主将は厳しくなければなれないのだろうか。厳しくないとこの双子をまとめるのは無理か。てか、そんな大きい水鉄砲よく隠し置けたな。以外にもロッカーの中もきちんと整頓されているのかもしれない。

「てかさっき私に水かけたの誰や」
「侑や」
「ハァ?!治やろ!!」

言い争いを始めた双子を横目に、角名から水ピストルを1つ借りる。受け取った水ピストルは思っていたよりも重量があった。うわ水満タンやん、いつの間に。
さすがやな、という意を込めて角名を見れば片側の口角を上げて意地悪く笑った。うーん、角名クンは敵に回したくないタイプナンバーワン。持っていたスクールバッグを水道の影に避難させて、双子の方へと近づく。

「仕返しや!」
「うわ、ちょ、」
「お前顔はやめろや!」
「ミョウジ容赦ねぇ」

顔面に狙いを定めて水を撃ちまくった。正直どちらがかけてきたとかはどうでも良くて。仕返しというのも口実で。楽しそうな水遊びに私も混ざりたかっただけだ。
暑いのもあるけれど、今日は微妙に運がない日だった。朝は少し寝坊していつものバスに乗り遅れたし、途中でバッグを落としてしまってお弁当の中身が傾いたし、日直の相方は委員会があるからといって放課後の仕事を全部引き受けてしまった。ほぼほぼ自分の所為なのだが、さすがに1日中こうも微妙に運がないと気分も落ちる。折角なら話のネタになるくらい運が悪くあって欲しかった。こんな中途半端じゃ面白くもなんともない、誰もウケへんぞ。
そんな落ちた気分を水ピストルに乗せて放つのだ。飛んでき〜。
ピシャピシャと地面にどんどん水が撒かれ、辺りが涼しくなっていく。角名と銀島も加勢して3人で双子を狙えば、双子も水鉄砲をこちらに向けて一気に撃ってくる。

「か弱い女子には手加減せぇや!」
「初っ端から顔面直撃させてくる女になんで手加減せなアカンねん!」

ぎゃーぎゃー喚きながらひたすら水を飛ばした。こんなに水鉄砲で遊んだのはいつぶりだろうか。バレー部の先輩から「そろそろ休憩終わりやで」と声がかかるまで水遊びは続いた。先輩の声がした途端、バレー部員の動きが止まっていたのできっとあの先輩が噂の厳しい主将さんなのだろう。見た感じ、優しそうなのにな。他の先輩たちも覗きに来て、びしょ濡れな私たちを見て笑っていた。

「は〜楽しかった!部活頑張りや〜!」
「ちょお、ミョウジお前そのまんま帰るんか?!」
「ん?」

ほな!とバレー部と別れて、先ほど避難させたスクールバッグを持って校門に向かった。…向かおうとしたのだが侑に引き止められる。そのまま、とは。

「そんな濡れた格好のまま帰るんかっちゅーてんねん!」
「そやけど?今日体育あったから着替えあらへんもん」
「着替えないんに水浴びしとったん?!アホなん?!」
「うわ、うっさ」

確かにワイシャツはしっとりと濡れているが、暑いしすぐ乾くだろうと思って着替えのことなど気にせず遊んでいた。なんとなく上半身狙いが暗黙の了解、という感じだったので腰から下はほぼ濡れていないし。そう伝えれば頭を抱え出す侑。

「んもー!誰かTシャツ余ってへん?タオルは俺未使用のあるわ」
「ツムのタオルそれほんまに未使用か?」
「未使用じゃボケ!」
「Tシャツならロッカーにあった気がする」
「俺も多分あんで!」
「え、ちょ…」

あれよあれよと話が進み、頭にはタオルを被せられ、ふわっと爽やかな香りが鼻腔を擽ぐった。頭を垂れて両手首を差し出せば、ボケを汲み取ってくれた誰かによってそこにもタオルを掛けられる。犯人連行、ってな。部室の前まで連行されて、その場で一瞬待たされる。一瞬で部室から出てきたと思えば、もう4人とも部活に行ける格好をしていた。Tシャツ着るだけにしても早いな。はい、と角名に手に持っていたTシャツを渡された。

「綺麗なやつだから安心して」
「いやそこは心配してへんけども。このままで別にええのに〜」
「微妙に透けとんねんアホ」
「いたっ」

むすっとした侑に小突かれた。透けてるのは気づかんかったわ、まじか。でもさっきからアホアホ言い過ぎやろアホ。さすがに透けたまま帰ることはできないので、おずおずと角名からTシャツを受け取った。

「お見苦しいものをお見せしてしもてすみません…お借りします…」
「はーい」
「最初から素直に借りとけや」
「まぁまぁ!それよりはよせんと時間!」
「ほななミョウジ、また明日」
「おん、楽しかったわありがとう!タオルとTシャツ明日返しますー!」

体育館に駆けていく4人を見送った。私は借りたタオルとTシャツを抱えて教室に逆戻り。ありがたくお借りしよう。タオルはやっぱり爽やかな香りがする。洗剤ではなさそうな香り。なんやろ?

微妙に透けるだなんてこれまた微妙に運が悪かったが、落ちた気分は水ピストルで飛ばしたから気にするほどでもない。

水遊びで濡れた地面はもうすっかり乾いていた。





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