それは凶夢か吉夢か


「研磨ぁ……」
「ナマエ?」

深夜3時。なかなか終わらない動画の編集作業に嫌気が差していたところに、寝ていたはずの恋人がひょっこりとドアから顔を覗かせた。なんで泣きそうな顔してるの。
どうしたの、と声をかければふらふらとした足取りで俺によじ登ってきたから、膝の上で抱えてやる。大人しく抱えられたナマエは、首に巻きつけてきた腕をぎゅうぎゅうと絞めてくる。足もしっかりと腰あたりに回してしがみ付いてきて、コアラみたい。
ぽそぽそと肩口で何か言っているがよく聞こえない。所々聞こえた部分を繋げばなにやら怖い夢を見て目が覚めたらしい。それで起きたら隣に俺がいなくてもっと怖くなったと。
ぐずっているナマエの背中を撫でながら、もう片方の手を伸ばして開いていた動画の保存ボタンを押した。もう今日の作業はおしまいにしよう。どうせ進まないし。

「怖かった」
「どんな夢?」
「口に出すのもやだ」
「ふぅん」
「とにかく怖かったのぉ……」
「……でも夢って誰かに話すと正夢にはならないって言うよね」
「え!」

じゃあ話そうかなぁ、と漏らしているがうとうとして回っていないその頭じゃ無理だと思う。口もあんまり回ってないし、眠いんでしょ。

「ベッド戻ろう」
「んん、やだ」
「……やだじゃなくて」
「けんまもいっしょ?」
「うん、一緒」
「……わっ」
「大人しくしてて」

一向に動こうとしないナマエを抱えたまま立ち上がって、寝室へと運ぶことにした。腕と脚で俺にしがみついているナマエはやっぱりコアラみたい。
ぼふん、と自分の背中からベッドへ倒れ込む。あー、疲れた。ナマエを抱えてられるくらいの筋力は戻しておいた方がいいかもしれない。
まだ俺の上にいるナマエを横に放れば、うぎゃんと変な声をあげてベッドの端の方まで転がっていった。……そんなに強く放ってないんだけど。

「寝たくない」
「寝て」
「怖いのぉ」

ごろごろと転がりながら俺の胸まで戻ってきて、自分から抱きしめられにくる。仕方ないから抱きしめてやれば、胸に頭を押し付けて寝ない、怖い、とまたぐずり出した。俺もちょっと眠いんだけど。

「研磨いなくなんないで」
「ならないよ」
「……研磨がいなくなる夢だったの」

胸元でぽつぽつと夢の内容を話しだすナマエ。泣きそうな震える声をしてたから、落ち着かせるように背中を撫でる。
とん、とん、とん。

「それでね、なんか研磨が魔王になって戻ってきたの」
「……魔王?」

予想外の方向に飛んだ話に、思わず笑ってしまう。でもまぁ、悪くないキャスティングだね。

「うん、私殺されちゃうの」
「……そっか」
「でね、魔王も殺されちゃった……」
「……誰に?」
「なんか真っ黒いやつに飲み込まれた、そこで起きた」

魔王も倒されてしまったらしい。泣くのを堪えきれなかったのか、ずびずびと鼻を啜り始めた。……正直この夢のどこが怖いのか俺にはさっぱり分からなくて困ってしまう。どんなゲームでも魔王はラスボスとして倒されるものだし。俺もナマエも殺されたのが怖かった?魔王に殺されたのが怖かった?

「でも死ぬ夢って吉夢なんだよ」
「……そうなの?」
「うん、だからナマエも俺も、良い方向に向かうってことなんじゃない?」
「そっかぁ……」

へへへ、それなら良かったかも、とこちらを見上げて安心したように笑うナマエの鼻は赤いし、目尻にはまだ涙が溜まっている。
泣くか笑うかどっちかにしたら?
溜まった涙を拭うように、唇をそっと落とした。

「寝れそう?」
「ん、ねむい」
「……だろうね」
「おやすみ研磨ぁ」
「おやすみ」

ん、と唇を突き出してきたから軽くキスをしてやれば、10秒くらいですうすうと寝息が聞こえてきて苦笑が漏れる。……早くない? 

それにしても、ナマエの夢には少しドキリとしてしまった。
死ぬ夢にはもう一つ意味があるって知ってた?まぁ知らないだろうけど。
第二の人生、結婚って意味もあるんだよ。夢にまで背中を押されちゃったら仕方ないね。
明日はどちらかの誕生日でも記念日でもなんでもない日だけど、机の引き出しに隠してある指輪と薄っぺらい紙をナマエに渡そうと思う。
そう決めたらなんだかスッキリした。
顔の下にあるつむじにキスをして眠りについた。


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