春期G集中対策講座



※G=ゴキブリです。ゴキブリという単語が多用されていますので苦手な方はご注意ください。




「片付け進んでる?」
「まぁ」
「……ほぼ終わってるじゃ〜ん」

バイト終わりに聖臣の新しい住まいに寄ってみれば、引越し初日とは思えないぐらい片付いていて苦笑が漏れる。手伝いに来れなくて申し訳ないと思っていたが、これは私がいなくても余裕だったみたい。

「元也もいたし」
「そっかそっか。久しぶりに会いたかったな〜」
「お前ら2人揃うとうるさいから帰らせた」
「ひど!」
「飲みもの水しかないけどいい?」
「ふっふっふ、そうだろうと思ってビール買ってきたよ」
「さすが」

手に持っていたビニールを掲げれば、聖臣は薄らと笑って私の頭をガシガシ撫でてからそれを受け取った。キッチンへ向かう聖臣について行って、新しいキッチンを物色する。まだ調味料や食器は少ないけれど、引き出しには実家から貰ってきたであろう鍋やフライパンと並んで私が引越し祝いに贈ったやかんが綺麗に仕舞われていた。やっぱこのヤカン可愛いよな〜、私も買おうかな。

「うわっ」
「え、ちょ、痛っ」

横にいた聖臣が急に声を上げたかと思えば、こちらに寄ってきて私はシンクに押し付けられる。地味に痛い。

「なになに」
「……蜘蛛」

聖臣が指差すほうを覗いたら、確かに蜘蛛がいた。さっきの驚き様からしてどんなドデカい蜘蛛かと思えばフツーの小さい蜘蛛じゃん。よく見るやつ。
聖臣とシンクの間から抜け出して、近くにあった新聞紙に蜘蛛を乗せて窓から外へ出してやった。ばいばーい。もう来ないであげてね。

「……こんな蜘蛛ごときでビビってて大丈夫なの?」
「うるさい」
「これからゴキブリとか、」
「それを言うな」

食い気味に私の発言を遮った聖臣は小さくため息を吐いて、ビールをグラスに注いでいく。
虫が嫌いな聖臣にとって、一人暮らしの最大の問題はそこなんだろうなぁ。

「ゴキブリの徹底対策、伝授してあげよっか?」

それを聞いてバッと顔を上げた聖臣の瞳は、輝いて見えた。いつもはハイライトの入らない真っ黒な瞳なのに。
今までそんな輝いた瞳を向けられたことがあっただろうか。いや、ない。
初めてそれを向けられるのがゴキブリ対策についてってどうなのよ。悔しいな。

「徹底対策なんてできるの」
「小学校の自由研究で調べ上げたんだよねぇ……」
「うわ……」

小学生でそんなもん調べたの、みたいな顔をしてくる聖臣にちょっとムッとする。あの自由研究はゴキブリの生態から対策、退治グッズまでまとめてて、保護者の間で話題になったんだからね!?感謝されたよ!
そのおかげか、私はあれからゴキブリと遭遇していない。だからそれを聖臣に伝授してあげようと思ったのに。

「そんな顔するなら教えてあげない!家に出ても頑張って自分で退治しなね!」
「え、ちょっと……!」
「ふんっ」
「……悪かったって、教えて」

ちょっと困ったように眉を下げてそう言われてしまえば、もう拗ねてられなくなる。仕方ない、伝授してあげよう。

2人並んでソファに腰掛けて、軽く乾杯をしてから私のゴキブリ対策講座が始まった。

「まず、ゴキブリが活発に活動し出すのはいつ?」
「夏?」
「そう!でもね、だからって夏だけに対策するんじゃダメなの」
「……なんで」
「活発に動くのが夏なだけで、一年中生きてるもん」

それを聞いた聖臣は遠い目をしてビールを傾けた。
そう、ゴキブリに家の中で遭遇するのは大体夏場だけれど、それ以外の季節にだってゴキブリは存在しているのだ。

「まず今、幼虫の時期である春は繁殖力がまだないの。だから今のうちに設置タイプのものを置いて家の中に侵入させないこと!粘着のとベイトタイプを場所に合わせて使うといいよ」
「……ベイトタイプってなに」
「ブ○ック○ャップとかああいう置いとくだけのやつ」
「あぁ、それなら買ってある」
「ちゃんとフィプロニル入ってるやつ買ってる?1番効くよ」
「え、」

スッと立ち上がって、買ってあった製品の箱を私へ差し出してくる。いや、私が確認すんのかい。箱を受け取って裏を見てみれば、ちゃんとフィプロニルの入っているものだった。
……フィプロニル入っているやつって1番効く分お値段するんだけどな。知らずにでもそれを買ってるとはさすがである。
大丈夫だと伝えればホッとしたようにまたビールをひと口飲んだ。

「次は夏ね。夏はまぁ、遭遇したら躊躇わずに退治だね。スプレーは買ってあるでしょ?」
「当たり前。」
「ちなみに殺虫スプレー?」
「うん」
「だよね、聖臣にはそっちで正解。泡とか凍らすやつは死なないから気をつけて」
「……へぇ」
「あと生ゴミにはハッカ油薄めたやつスプレーしとくと良いよ」
「ハッカ油?」
「うん。ハッカ油とかスパイスはゴキブリが嫌いな香りなの」

あ、でもスパイスって言ってもニンニクとかニラとかネギ類は好きだから気をつけてね、と付け加えれば「は?」と眉を思いっきり寄せてキレられた。私にキレないでくださ〜い。あとはレモンと甘いお花の匂いも嫌いだけど、ハッカ油が1番使いやすいと思うからいいや。甘いお花の匂いとか聖臣も嫌いだし。

「はい秋!秋は繁殖期!ゴキブリの繁殖力ナメたら痛い目見るよ!」
「別にナメてねぇ」
「なんとメスは一生に500匹産むらしい」
「うわ……最悪」
「ねー、だから秋はとにかく卵を産みつけさせないようにするのが大事」
「……どうやって」
「ゴキブリが好きなのは狭くて暗い、温かい場所なの。だからシンク、冷蔵庫の下とかは危険。ちゃんとベイト置いておいてね」
「わかった」
「あと見逃しがちなのがダンボール。保温性あるからゴキブリ大好きだよ、超優良物件!」
「うわ、明日全部捨てる」
「うん。こまめに捨てるのがベスト!」

引越しで出た段ボールたちを睨みつける聖臣に思わず笑ってしまい、軽く小突かれた。それでも次は、と急かしてくるからさらに笑ってしまう。

「冬は成長が止まってるから、燻煙剤とかで部屋に潜んでる奴らを徹底駆除だね。最近出た燻煙剤並の効果なのに煙も霧も出なくて、低刺激なやつが使いやすいからおすすめ!今度あげるね」
「……回し者か何かなわけ?」
「違いますー。それね、冬場だけじゃなくて定期的にやっとくと良いよ」
「わかった」
「そんな感じかなぁ?」

まじで見たくねぇ、とぶつぶつ言いながら最後の一口を飲み干した。私も残りのビールを飲み干し、聖臣の肩に頭を預けた。
引越し祝いはヤカンより退治グッズ詰め合わせの方が良かったかな、なんて。まぁ、私がいるときにもしも遭遇したら私が退治してあげようと思う。……でも聖臣の方が反射神経良いからちゃんとスプレーで仕留められそうだな。いや、蜘蛛であの反応だからスプレー向けられないかも。

「そういえば、これ」
「ん?」

私の頭をそっと肩から外して立ち上がって聖臣は、チェストから何かを取り出して私に差し出した。手のひらに乗せられたひんやりとしたもの。

「合鍵。好きなときに来れば」
「え、いいの?」
「だめだったら渡さない」
「ふふ、ありがと」

まさか合鍵を渡されるとは思ってもみなかったから嬉しくて、聖臣のお腹に腕を回して抱きついた。それに文句も言わず、そっと背中を撫でてくれる大きな手。

「毎日来る!」
「毎日はやめて」




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