白い項と細い喉頸



「急所丸出しだね」
「…へ?」

休日の昼前、ソファで寛いでいれば倫太郎が私の背後でそう言った。
なんて?急所丸出し?やっと起きてきて第一声がそれですか?

急所と聞いて一番に思い付いた場所は男性の中心部分で。そもそも私には付いてないし、そこ丸出しだったらいろいろアウトでしょ。
なんてふざけたことを考えていたら「ここ」と、後ろから指で項をなぞられる。そのまま指はツツツと肌を這い、倫太郎の身体ごと前にまわってきて喉頸へ到達。

あぁ、急所って首のことか。そういえば今日は湿気がひどくて、朝から言うことを聞いてくれなかった髪をひとつにまとめているしデコルテの大きく開いたスクエアネックのTシャツを着ている。そのおかげで私にしては珍しく首が丸出しだった。全部この梅雨特有の蒸し暑さのせい。

目を細めてこちらを見下ろし、喉頸の中心に人差し指を突き立てるその仕草が妙に色っぽくて思わず見惚れてしまう。しかし、次の瞬間にはその指に力を入れてくるもんだから少しの苦しさを感じて我に帰る。なにか潰れたような音が漏れてしまった。
倫太郎とはもうそこそこ長い付き合いだが、たまに何がしたいのか読めなくなる。

「このままさ、こう、ぐってしたら死んじゃうかな」
「っ、」
「ハハッ、まだ力入れてねぇよ?」
「……」
「細いからポキっていっちゃいそう」

この男は人差し指だけでは足らず、残りの4本の指も喉へと添えてきた。力を入れていないと言うけれど、急所を掴まれたら多少の恐怖は感じるわけで。倫太郎の手でなら本当にポキっといけちゃいそうだし。それが顔に出てしまったのか笑われた。なんか悔しい。

「殺したいの?」
「どうだろ」
「……じゃあ倫太郎も一緒に、だよ」

そっと手を伸ばして、両手で倫太郎の首を掴んでみた。倫太郎は華奢に見えるけれど、やはり現役スポーツ選手というだけあってがっしりしている。太い首周りに、硬い胸鎖乳突筋、ポコっと飛び出た喉仏、トクトクとリズムを刻む脈。それらすべてを両の手のひらいっぱいで感じた。絞めるフリをしてみたはいいけれど、私には到底絞められそうにはないなぁ。というか、絞めたくないなぁ。
喉仏を親指で撫でながらそう考えていたのに倫太郎は両手を使って私の首を絞めにきた。あれ?

「ほら、一緒になんでしょ」
「っは」
「俺のことも絞めてよ」

じわじわ絞められていく首。苦しくて思わず両手にぐっ、と力が込もってしまう。それを感じたらしい倫太郎の口元が弧を描いた。なに笑ってんの。
絞めたくない、そんな気持ちとは裏腹に、苦しくてどんどん手には力が込もっていく。でも私の力なんかじゃきっと苦しくないのだろう。だってまだ余裕そうに、嬉しそうに笑っているんだもの。私はこんなにも苦しいのに。首が絞まって苦しいのか、倫太郎を絞めていることが苦しいのか。徐々に視界が滲んでくる。

「げほっ、ごほ」
「ごめん、ちょっと力入っちゃった」

私の目から涙がひとつ零れたところで首を絞めていた力が緩んだ。急に苦しさから解放されて盛大に咽せる私の横に座って、背中を優しくさする倫太郎。さっきまで私を絞めていた手と別の手みたい。ていうかごめんじゃないし、ちょっとじゃないし。本気なのかと思ってしまった。咽せながらバカ、と殴ればごめんごめんと気持ちの込もっていない謝罪が返ってくる。それでも背中をさする手は優しいまま。

「なにがしたかったのバカ」
「無防備に首晒してるからつい」
「ついってなに?!こわ!」

つい、で人の首を絞めるな。

「後ろからみたらナマエの首元すげえ細くて吸い寄せられちゃったんだよね」
「他の男、吸い寄せないでね」

そう言い終わると同時に項あたりになにかピリッとした痛みが走る。痛みに驚いて振り向けば倫太郎は妖しく笑って、まだ濡れている目尻にキスを落とした。そのままぐるりと視界が反転して、また倫太郎に見下ろされてしまう。倫太郎に見下ろされるのは嫌な気がしない。むしろこのアングルから見る顔も好き。
そして少し下に移動したかと思えば、開いた首元を埋めるようにキスが落とされていく。途中、目を伏せたままこちらにチラリと向けた視線がやけに熱く感じた。いくつかキスを落とせば満足したのか、自身の体を支えていた腕の力を抜いて私に体重を掛けてこられてぐえっと女子らしからぬ声が漏れた。加減はしてくれてるんだろうけど、すごく重い。私が上がいい。下から押して抵抗してみるも動いてくれなかった。横にずらして倫太郎が落ちても困るので諦めよう。

「ナマエはもう少し力つけなよ、今のままじゃ一緒には無理」
「えぇ〜やだ」
「他の誰かに殺られるくらいならナマエがいいんだけど」
「…命を狙われるご予定でも?」
「どんなご予定だよ」

私の首元に顔を埋めたままくすりと笑う。だって急にそんなこと言い出すから誰かに狙われてるのかと。でもそれなら私も倫太郎がいいかなぁ。そう漏らせば、じゃあやっぱり力つけなきゃねと返ってくる。

うーん、鍛えるのは面倒だけれど人生の最期が倫太郎の顔を見ながらと言うのも良いかもしれない、なんて。
だから、一生かけて鍛えるからそれまで隣にいてね倫太郎。


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