反比例


最近、石鹸の減りが早い気がする。ついこの前新しいものを下ろした気がするのに、もう半分ほどまで減っていた。早すぎだろ…。
この家の石鹸を使う人間は俺と、あともう1人しかいない。今まで一人暮らしをしてきて石鹸の減りが気になったことなどない。ということは少し前から一緒に暮らし始めたもう1人の住人の仕業ということ。

ナマエと同棲を始めて2ヶ月になる。それまでも週の半分くらい、どちらかの家に転がり込んで過ごしていたから半同棲みたいなものだった。だからあまり生活が大きく変わったなんてことはないけれど。でもまぁ、やっぱり前より一緒に過ごせる時間は増えた。今まで合宿での共同生活ですら苦痛だった自分が誰かと一緒に暮らすなんて無理だと思っていたが、この同棲を始めるにあたっては不安も嫌悪もなかった。相手がナマエだったからなんだろうけど。

そして本題に戻る。石鹸の減りが早い。一体どんな使い方をしたらここまで減る…?なんて眉を顰めて洗面所の石鹸と見つめ合っていれば、玄関からガチャガチャと鍵を開ける音がしてナマエが帰ってきた。

「ただいま〜」
「おかえり」
「ありゃ、聖臣の方が早かったんだ」
「今日早いって朝言った。」
「そういや聞きました!」
「荷物貰うから手洗いうがい。」
「はーい」

重たいビジネスバッグを受け取って、ナマエを洗面所へと促す。どう石鹸を使っているのか確かめるチャンスだった。それにしても今日のバッグ、いつもより重い…何入ってんだこれ…。

「ナマエ」
「ん〜?」
「…石鹸の使い方知ってる?」
「んん?」

手を洗い始めたナマエの手元を後ろから覗いて絶句した。ガショガショと石鹸を擦っているが泡立っていない。泡立たないからさらに石鹸を擦る。…なんだその使い方、ヘッタクソ。

「全然泡立ってないじゃん」
「泡立てるの苦手なんだもん…」
「それでも女子?」
「泡立ての上手さに性別関係ないですぅ〜!」
「そもそも水多すぎなんだよ」
「え〜」
「石鹸貸して」

軽く手を濡らしてナマエから石鹸を奪い取った。これは教えてやらないと永遠に石鹸の減りが早いままだ。

「手は軽く濡らすんで十分だし、そんなに力強く石鹸擦らないで」
「ちょっと泡ができてきたら、左手を皿にして泡を集めて」
「水を足すのはここ。……少しずつ!」
「優しく泡を丸く撫でてけば泡立つから」

いい歳した大人が洗面所に並んで何やってんだ。隣で見様見真似で泡立てていたナマエは「おぉ!もこもこ!」と、さっきよりはだいぶマシな泡が出来上がっていた。泡立てられたくらいでそんなにはしゃぐことかよ。

「聖臣先生すごい〜!もこもこだよ!」
「誰が先生だ」
「ふふ、しっかり洗いま〜す!」
「そうして」

しっかりと指の間、親指、手首まで泡で覆っているのを見届けてから自分の手に乗っている泡を流した。手の洗い方は完璧だった。文句のつけようがないくらいに。
そばに置いていた重いバッグを定位置まで運んで、コーヒーメーカーのスイッチを入れにキッチンへと向かう。まだ夕飯には早い時間だから、一息つくことにしよう。
ナマエはコーヒーが好き。こだわりも強くて、昔「コーヒー豆なんてどれも同じだろ」と言ったら怒って拗ねられて大変だった。しかも次の日、数種類の豆を持ってきて飲み比べさせられた(確かにどれも同じではなかった)。そんなナマエの影響で、いまでは俺も一緒になって豆を選んでいる。今淹れているのは浅煎りの豆。

部屋着に着替えてきたナマエが、「んん〜いい香り」と俺の背中に頭をつけてすんすんと鼻を鳴らした。…俺じゃなくてコーヒーを嗅げよ。ピーッとコーヒーが出来上がったことを知らせる音が鳴ったと同時に、後ろからにゅっとカップを持った腕が出てきて、準備万端すぎる行動に思わず軽く吹き出してしまった。いつの間に持ってたんだよ。カップを受け取ってゆっくりと注いでいく。湯気とともに上がってくるこのコーヒーの香りが好きだ。

「あ、この間買った豆?」
「うん」
「いいねぇ」
「夕飯の前だし、あんまり濃くて深いのじゃない方がいいでしょ」
「ふふ」
「なに?」
「ううん、聖臣もコーヒーに詳しくなったなぁって」
「…お前のせいだろ」
「せいじゃなくておかげ!」
「はいはい」

もう、とぷりぷりしながらもコーヒーを啜れば気持ちも落ち着くようで、ナマエの肩の力が抜けたのが見て取れた。美味し、と呟いて頭をこちらに預けてくる。コーヒーを持ったまま傾いてくるもんだから、反射的にカップをナマエの手から取り上げた。絶対こぼされる、危なっかしい。ソファはもうだいぶ使い込んだものだが、足元のラグはまだ新しいのだ。こぼされたらたまったもんじゃない。あと、こぼしたあとに落ち込まれるのも面倒臭い。ナマエが一目惚れして買ったラグだから。
手元からカップが無くなったナマエは、ソファに足を上げて膝を抱え込んだ。よくするこの格好、落ち着くらしい。

「私が手洗いうがいに厳しくなったのは聖臣のせいだな〜」
「それこそおかげ、だろ」
「ふふっ、お互いがお互いに影響してるねぇ」

なんか嬉しいねぇ、優しい微笑みでそう漏らすナマエがなんだか急に愛おしく見えて。両手に持っていたカップをそっとテーブルに置いて、空いた両手でナマエの身体ごと包み込んだ。どうしたの、と焦るナマエのことは見て見ぬ振り。ぐりぐりと頭をナマエの肩口に押しつけた。

「今日は聖臣が甘えんぼさんかぁ」
「うるさい」

2人で暮らし始めて2ヶ月。
石鹸の泡立てが苦手なことを初めて知った。お互いにお互いの影響を受けて、それを生活に自然に落とし込んでいることにも気付いた。それを喜んでいるナマエがいて、そんな姿に俺までほんの少し、嬉しくなった。
石鹸の減りが早いのはいただけないが、石鹸が減る分、共に過ごす時間は長くなっていく。



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