はじまりは いっぽんみち
「研磨〜」
「んー?」
「××って雑誌から取材依頼来たけどどうする?」
「あー……オンラインでなら可」
「はーい」

編集部から来たメールの内容を隣で作業している研磨へとパソコンから視線を外さずに投げ掛ければ、研磨もこちらを向く気配なくそう答えた。
研磨の大きなパソコンが置いてある隣に、私も作業スペースを設けてもらっていてお互い黙々と仕事をこなしている。(株)Bouncing Ballの秘書という立場で働かせてもらっている今、私の仕事は研磨にお伺いを立てることが多いから隣でこうやってすぐに聞ける環境というのはとても便利だった。
研磨の返答をそのままメールに打ち込んで送信すれば、すぐに了承の旨の返事が届く。今まではあまり取材等を受けてこなかった研磨だけど、動画の再生数が増えたり起業したりと注目されることが多くなり、最近ではちょこちょこ受けるようになったらしい。オンライン取材に対応してくれるもののみだけど。
ていうか、この××って私でも知ってるゲーム雑誌だよ、すごいな研磨。

「オンラインでお願いしますって、希望日時は?」
「任せる、どこでもいいよ」
「はーい」
 
スケジュールアプリを開き、空いている日時をいくつか挙げて返信する。2時間見ておけばいいだろう。

「1週間後の14時からでーす」
「了解」
「あ、」
「なに?」
「写真が欲しいらしいでーす」
「えー……」

取材の日時と当日のミーティングルームのURLが書かれたメールには、取材中や仕事中の写真が欲しいとも書かれていた。動画ではたまに顔を出したりはしているけれど、写真を撮られることがあまり好きではない研磨は、一気にトーンを落として文句を垂れる。

「カメラマンさんだけ来るのはアリ?」
「ナシ、ナマエが撮って」
「は?」

驚いて研磨の方を見れば、研磨もくるりと椅子を回転させてこちらを見る。ふっと笑いながら「ナマエの将来の夢、カメラマンだったでしょ」と宣う。
……よく覚えてるねそんなこと。私がそんな夢を語っていたのは中学までだった気がする。懐かしいな。面と向かってカメラを向けると研磨は嫌がるから、鉄朗と一緒にゲームやバレーをしているところをこっそり撮ってたっけ。
とはいえ、だ。

「流石に雑誌に素人が撮った写真載せられないでしょ」
「そう?あそこの雑誌、いろいろ遊んでるからから大丈夫だと思うよ」

ナマエ以外に撮られたくない、と軽く口を尖らせてパソコンへと向き直ってしまった。……くそぅ、私が研磨の我儘に弱いと知っていてやってやがるな。
先方に聞いてみるだけ聞いてみたら、あっさりとオッケーされて頭を抱えた。もちろん研磨の取材でのお話がメインで写真は小さくしか使わない予定なのであまり気負わずに撮ってください、とのお気遣いまで頂いてしまった。でも撮るからにはかっこいい研磨をお届けしたい。

夕飯を終えた私は、引っ越してきてからまだ手をつけていなかった段ボールを開けた。小さめのこの段ボールにはカメラやらレンズやら、私の趣味のものたちが一式入っている。忙しくて段ボールから出してあげすらしてなくてごめんね。しっかりお手入れさせてね。
研磨が知っているのかは知らないけれど、カメラマンの夢は諦めたものの、今でも写真を撮ることは好きで。前の会社に勤めていたときも休日の息抜きにカメラを持って散歩することは多かった。公園だったり、動物園や植物園で撮るのも好き。でも、人を撮ることはいつからか苦手になっていた。挿しっぱなしのメモリーカードの中身を見返せば花や風景、動物がズラリと並ぶ。昔はあんなに家族や研磨と鉄朗を始めとした友人を撮っていたのにね。だから少し、研磨を撮ることには抵抗がある。昔みたいに楽しく、そして楽しそうな研磨を撮れるのかな。


▽▲▽


「前見たときよりいかついカメラになってるね」
「わっ?!」

庭先で昼寝していた猫を撮影するのに夢中になっていれば不意に声を掛けられて、ひょい、と後ろから研磨がカメラを覗き込む。びっくりしたぁ……。
翌日から私は、暇があればカメラを持って庭に出ていた。植物と猫を撮りに。猫ちゃんかわいい。

「それ結構高いやつでしょ?」
「わかる?!さすが!」
「いや、見た目からして高いじゃん……」

じぃっとカメラを指差してそう言われる。今使っているのは確かにちょっと奮発して買ったカメラだ。いかついけど繊細でいい色出してくれるんだよ。

「あ、起きた」
「研磨が驚かすから〜」
「驚かしたつもりはないんだけど……」

起きた猫ちゃんは、するりと私の横を抜けて研磨の足に擦り寄って尻尾を巻き付ける。懐いてるねぇ……。
研磨がしゃがみ込んで猫ちゃんに手を伸ばしたところで、私はスッと後ろに下がって研磨から距離を取る。これはシャッターチャンス。
シャッターを切る瞬間、春の暖かい風が吹いた。あ、と思ったけど長い髪が靡いたおかげで隠れていた顔が覗く。
レンズ越しで緩く優しく笑った顔に、一瞬見惚れてしまった。シャッター音に気づいたその顔が崩れる。そんな顔しないでよ。
撫でてもらって満足した猫ちゃんは塀に登って行き、名残惜しそうに浮いた研磨の手が誤魔化すように乱れた髪の毛を直した。
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