ぼうけんを はじめる
短大卒業後、就職してからはや2年半。去年異動してきた上司とそりが合わなかったり、通勤の長さだったり、そろそろ限界を迎えようとしている。

「やっぱもう仕事辞めちゃおうかなぁ……でもなぁ……」
「やめれば?」
「そう簡単に言っちゃって〜」
「辞めて俺のとこで働けばいいじゃん」
「……え」

今日も幼馴染宅で愚痴をこぼしていれば、いつもは静かに聞いているだけの幼馴染がそう言い放った。まん丸の猫みたいな瞳が私をじぃっと見つめながら。

「来年度から俺のとこおいでよ」
「俺のとこって……」
「ナマエ1人くらい雇えるよ」

どう?と首を傾げて聞いてくる。どう?じゃないのよ、いきなりすぎて頭がついていかない。
この幼馴染、孤爪研磨は1つ下の大学3年生でありながらプロゲーマーで動画投稿者、株式トレーダー、さらには起業して代表取締役なんかもしているハイスペック野郎なのだ。だから、俺のところで働けばいい、なんてすごいことが言えてしまう。
でも私、株もわかんないしゲームも下手で研磨のところで何ができるの?

「マネージャーみたいなこととか……あぁ、むしろ住み込みで家事しない?」
「住み込み?!」
「うん、俺が集中するとご飯食べなくなるの知ってるでしょ」
「……それはもうよーく知ってる」
「だから炊事洗濯掃除、あとは配信の手伝いとかもしてくれたら助かるかな」

私の不安を汲み取ったのか。指折りしながら私にして欲しいことを数え始める。まぁ、家事全般ならできますけど。でも住み込みはどうなの?ちなみに研磨は一軒家の借家に一人暮らし中だ。

「嫌な上司からも解放されて、通勤時間も家賃もいらなくなる。悪い話じゃないと思うんだけど」

どうする?とまた首を傾げてくるが、先ほどと違って少し片方の口角がニヤリと上がっている。断る理由なんかなくない?と言われているようだ。
確かに断る理由はない……家賃も通勤時間もないのはでかいなぁ……。
研磨のお家、私の部屋より断然広いし古風で好きなんだよね。置いてあるものはかなり現代的だけど。あと猫も住み着いてるし。猫大好き。
『男女が同じ家に住む』といっても物心ついたときから一緒にいるから、お互いを異性としてカウントしていない訳で。

「一旦持ち帰って検討させていただきます!」
「えー、即決する流れだったじゃん」
「ほぼ決まり」
「じゃあ今決めなよ」
「えぇ……」
「ほら早く」
「……よろしくおねがいします!」

とまぁ、こんな感じで幼馴染が雇い主になった。


▽▲▽


「研磨おはよ!朝だよ!」
「んん……」

まだ寝る、と言わんばかりにタオルケットを抱き込んで丸くなる雇い主。それを容赦なく剥がして強制的に起こす。薄らと目を開けてこちらを睨んでくるけど私は悪いことしてないし、起きないと困るの研磨だし。
のそのそと起き上がってきたのを引っ張って朝ご飯まで導く。少量ではあるけど、しっかりと朝ご飯を口にしてくれるようになって良かったなぁ、と向かい合ってご飯に手を付けながらしみじみ思った。

研磨のもとで働き始めてから2週間が経っていた。(あれから退職を引き止められたり、なんやかんや大変だったけれど特に面白くもないので割愛。)
一緒に暮らすことに関してお互いの両親は「研磨くんが/ナマエちゃんが、いるならさらに安心だ」と一人暮らしのときよりもすんなりと納得していたかもしれない。
始めの一週間は研磨の食への興味の無さにおったまげた。研磨ママが安心していたのも納得した。昔よりも酷くなっていて、どうにかせねばと気合が入ったけれども。やっぱり一人暮らしをするようになってから、食事はどうでも良くなってしまったらしい。それは分からなくもないんだけどさぁ……私も1人だったら結構適当だったし。でも度を越して適当すぎなのよ。

研磨の家には立派な冷蔵庫があるというのに中身は空っぽで。自炊しないのになんでこのサイズ買ったの、と問えば、昔のチームメイトと集まるときにはパンパンになってる、と答えになっていない答えが返ってきた。……確かに、みんなでかいもんね。
昔のチームメイトというのは研磨の高校時代の部活、バレーボール部の面々だ。同じ高校だったし、もう1人の幼馴染が主将を務めていたのもあって、私も少し交流があった。
あ、もう1人の幼馴染といえば。

「研磨ぁ、今日鉄朗が帰りに寄るって」
「えー……」
「あはは!そんな嫌そうな顔しないであげてよ」

きゅっと眉根を寄せて嫌そうな顔をした研磨に、鉄朗が可哀想でしょ、と気持ちを込めずに言えば、思ってないくせに、とでも言いたげな視線を寄越しながら味噌汁を啜る。数ミリは思ってるよ、数ミリは。
私と研磨は物心ついた頃から一緒にいて、鉄朗は小学校に上がった辺りから一緒にいたっけか。2人が隣にいることが当たり前になっていて、気付けば小・中・高と仲良く同じ学校に進んでいた。

「クロ、何しに来るの」
「なんか顔見にとかなんとか」
「ナマエが引っ越してきた日に来たばっかじゃん、暇なの?」
「ねー」
「どうせナマエの料理目当てなんだろうけど」

実際は鉄朗も春から社会人になって忙しいことは研磨も分かっている。そして忙しいからこそ私たちのところに来るのもお見通しだ。あいつはカッコつけたがりだから素直に甘えられずに私と研磨が心配、という建前でやってくる。あと私が研磨の元でお世話になると決めたときから、俺だけ仲間外れだ、と拗ねてたからちょっと寂しいんだと思う。

今日買い出しに行こうと思っていたスーパーの広告に、デカデカと魚の特売日と書かれていて思わず笑ってしまった。肉より魚派な鉄朗クン。
タイミング良すぎでしょ。
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