10月31日
ガサガサとビニール袋を鳴らしながら、いつもの場所へと向かう。
いつもは売店の袋だけをぶら下げているけれど、今日はビニール袋が3つ。売店のパンの袋と、お菓子がたっぷり入った袋だ。
今日は10月31日。ハロウィンや。
そんなイベントのおかげで朝からクラスメイトや同級生から「ハッピーハロウィン!」と続々とお菓子が届いていた。俺がトリックオアトリートと言う前にお菓子を差し出されてちょっとオモロい。
「……それ全部お菓子なん?」
「フッフ、せやで!ええやろ!」
お菓子の袋を掲げてドヤれば、先に着いていた苗字が目をまん丸くして驚く。たまに見れるその苗字のびっくり顔が結構お気に入りだったりする。ちなみに1番のお気に入りは、めしを美味しそうに食べとる顔。最近はその顔がよく見られるようになって嬉しい。この前新作のパン一口上げたときむっちゃええ顔しとったなぁ……。あれは確かに美味かった。
「治くん、私には言うことないん?」
「ん?」
とりあえずお菓子より先に昼飯であるパンに齧り付いていると、横から苗字がそう問うてくる。言うことってなんや……?と首を傾げると、ちらっとお菓子の袋を横目で見て「私からはお菓子いらへん?」とちょっと唇を尖らしてそう漏らした。
……あぁ、そういうことか!
「苗字、トリックオアトリート!」
「……ふふ、はい」
尖った唇は引っ込んで、嬉しそうに笑って差し出してきたのはハロウィンカラーの袋。中身は手のひらサイズのパイ?おばけかぼちゃの顔しとってかわええ。
「パンプキンパイ作ってみてん」
「パンプキンパイ……!作るの大変やったんちゃうん?」
「ん〜楽しかったけど、かぼちゃ濾すんは面倒やったなぁ……」
「ほぉ……」
かぼちゃを、濾す。
経験したことのない作業だけれど、苗字の顔からして面倒なのはよく伝わってきた。遠い目をしながら眉を顰めてすごい顔になっとんで。
「いやぁ、この間のカップケーキ美味しそうに食べてくれたからまた手作り渡したなってもうて……」
少し照れ臭そうにそう言った苗字は、自分の分らしいパンプキンパイを食べ始める。
あぁ、この間のカップケーキもむっちゃ美味かったから、このパンプキンパイも期待大やな。
「ん、うまぁ」
「自画自賛かい」
「……返してもらうで?」
「エッ!?すまんすまん!アカン!俺の!」
思わずからかうようにこぼれ出てしまった言葉に、じとりとした目で貰ったばかりのパンプキンパイに手を伸ばそうとするもんだから、咄嗟に持っていたパンは口に放り込んで、パンプキンパイを両手で抱え込んだ。
そんな俺の様子に「リスみたい」とケタケタ笑う苗字。もごもごと、頬張ったパンを口から落とさないように「うるさい」と言ったものの、口からは「ううふぁい」となんともマヌケなよくわからない音しか出てこず、さらに苗字に笑われる。
笑いすぎやろ。だいぶ小さくなった口の中のパンを牛乳で流し込んだ。
「はー、苦しかった」
「ふふふ、私も笑いすぎて苦しかったわ」
「なんであれがツボに入るんかよう分からんわ」
「パンプキンパイ今食べるん?」
「食べたいけど、このおばけかぼちゃ食べるん勿体無いなぁ……」
「かわええやろ、それ」
「顔のバランスが難しかった」、「焼いたらちょっと顔変わって焦った」と言いながら苗字はパクパクとおばけかぼちゃの顔を食べ進めている。最後の一口の片目と目が合ってしまい、ちょっと可哀想になってもうた。勿体無いけど、さっきから苗字のパンプキンパイから漂う香りがむちゃくちゃ美味しそうで美味しそうで。それに負けてハロウィンカラーの袋を開けた。ふわりと香るパイのバターの香りに、満たされたはずの食欲がまたムクムクと湧いてくる。袋からパイを出したところでふと思いつく。
この可愛い姿は写真に収めたればええやん!
普段食いモンの写真なんか撮らんから今まで思いつかんかったわ。一度パイを袋に戻してスマホを取り出す。それを不思議に思ったのか苗字が「……どしたん?食べへんの?」と少し不安そうに聞いてくるから「食べるけど写真撮っとこ思うて!」と答えれば、ビックリしたような顔をしてから嬉しそうに微笑んだ。
「治くんとパンプキンパイで撮ったろか?」
「お!それええかも!」
「ええんや!」
顔の横でパンプキンパイを持って苗字に向き直せば、笑いながらも撮ってくれた。これで心置きなく食えるわ。いただきます、とかぶりつけばサクッとした食感に口の中に広がるバターとカボチャの香り。パイ生地も中のカボチャも甘すぎなくて美味い。これは苗字が自画自賛するのもわかるわ。ていうか自画自賛してください、ってレベル。
「……どう?」
「うまい……」
パクパクと食べる手が止まらず、すぐに食べ終わってしまった。ハロウィン最高やな。
「まだあったりするん……?」
「えー?欲しいん?」
「欲しい!」
「じゃあ私からも……トリックオアトリート!」
「え!」
「治くん、トリックオアトリート!」
もう1つのパンプキンパイを掲げながらそう言ったと同時に予鈴が鳴り、苗字は楽しそうに笑いながら「ざんねーん!」とパンプキンパイをこちらに見せびらかしながら教室へと駆けて行った。