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バイトが終わってスマホを見ると、不在着信が1件。そこには懐かしい名前が表示されていた。ご丁寧に留守録が入っていたので再生してみる。

「あー、っと苗字?治です、久しぶり。これ聞いたら折り返しください。」

ちょっと緊張しているのか、なぜか敬語で喋っている治くんがおかしくて吹き出してしまった。
高校時代、私を助けてくれた治くん。あの昼休みのおかげで、いつのまにか食べることが怖くなくなっていた。治くんと一緒に美味しいものを食べにも出かけられた。高校を卒業してからは会っていないけれど、たまに「めしは食えとんのか」と連絡をくれることがあって、その度に家を出てった娘を心配する親か、とツッコミを入れたくなる。
でも電話は初めてやなぁ、どしたんやろ。
とりあえず家に帰って、落ち着いてたところでかけ直すことにしよう。


治くんから電話があった次の週、私はとある駅にいた。
なんでも、治くんは今度お店を開くとのこと。それで大体店の中が整ったので、オープン前に私に来てほしいと。この歳で開業まで漕ぎ着けたんかぁ、頑張ったんやろなぁ。尊敬しかない。

「苗字!」

ロータリーの近くで待っていれば、小型のワンボックスカーが前に停まり、窓から治くんが顔を出した。乗って、と言われたので助手席に周って、乗り込む。

「久しぶりやなぁ、元気しとった?」
「おん、治くんも元気そうやねぇ」
「まぁな、顔色も良さそうで安心したわ」

他愛のない話をしながら車を走らせること15分。車が停まったのは、和を感じられるこじんまりとした場所の前だった。

「ここが治くんの…」
「看板とかもまだなんやけどな、お客さん第一号や。」

いらっしゃいませ、と扉を引いて中へと促した。中もまだ未完成、という感じは否めなかったが、外観に合った落ち着いたカウンター式のお店だった。そういえばなんのお店なのか聞いていなかった。雰囲気的に定食屋さんとかだろうか?

「なぁ、なんのお店か聞いてなかったんやけど…」

カウンターの奥に引っ込んだ治くんに問えば、ニヤリと片方の口の端を上げて「大人しゅう待っとき」とだけ答えて調理を始めてしまった。
席に着いて、じっと調理場にいる治くんを見つめる。大きめの土鍋の蓋を開ければ、ふわっと湯気が立った。湯気に乗って、おいしそうな香りが漂う。あ、お米…。土鍋の中はキラキラと輝く真っ白なご飯。それをしゃもじでさっくりと混ぜていく。手をもう一度洗った治くんは、そっと手のひらにしゃもじで掬ったご飯を乗せ、いつのまにか横に用意されていた昆布を菜箸でご飯の中央へ。さらに少しのご飯を重ねて両手で包み込んだ。優しく、リズミカルに、握っていく。最後にくるりと海苔を巻いて完成。あぁ、これは…

「お待ちどうさん」

コト、と目の前に置かれたお皿には綺麗な三角形をしたおにぎりが乗せられていた。美味しそう。…あれ、なんでやろ、視界が滲む。

「おにぎり…」
「そ、おにぎり宮っちゅう店や」
「なんで、おにぎり…?」

聞けば、顎に手を当てて嬉しそうに懐かしむ治くん。

「フッフ、おにぎりは俺が初めて家族以外の人に食べてもろためしやねん。」
「泣きながら笑うて美味い、言うてくれたんが忘れられんでなぁ。」
「俺のおにぎりでみんなを笑顔にしたんねん。」

あのときのことなのだろう。私も思い出して、堪えていた涙が溢れてくる。苦しかったあの時期を一緒に乗り越えてくれた治くん。
「あったかいうちに食べや」と言われて慌てて手を合わせる。いただきます。両手で持つと、あのときのおにぎりよりも小さい気がした。ひと口齧れば、ほろりと口の中でお米が解ける。ふわっとした握り方は変わっていない。ふた口目で昆布が出てきた。あまじょっぱい。

「っふ、そんな泣いとったらおにぎりの味わからんのちゃうん」
「なっ、泣いてへんもん!」
「どう見ても泣いとるわ。」

もぐもぐとおにぎりを頬張る私を見ながら笑う治くん。しょっぱさが強いんは涙のせいちゃう、治くんがきっと塩の量を間違えたんや。
そういえば、初めて治くんが握ってくれたおにぎりを食べた日も私は泣いていた。美味しかったのももちろんあるけれど、あそこまで寄り添ってくれた治くんの優しさが、おにぎりのお米と一緒に解けていって私の心にじんわりと広がったからだ。
おにぎりはあっという間に食べ終わってしまった。空っぽになったお皿を顔の横まで持ち上げて治くんに見せびらかす。

「ごちそうさま!むっちゃ美味しかった!!」

優しく微笑んだ治くんは腕を伸ばしてきて私の頭を撫でくりまわして「ありがとうな、」と呟いた。何に対してのお礼なのかわからなくて首を傾げれば「わからんでええねん」と返されてしまい、さらに撫でられた。治くんの大きな手は落ち着く。

「また食いに来てな」
「もちろん!常連さんなったるわ」
「もしまた食うんが怖なっても、ここに来たらいつでも俺が笑顔にしたるから」
「!…これ以上泣かせんといてアホぉ」


きっとこれから私は何度もここに訪れて、笑顔にしてもらうのだろう。
治くんと、治くんの握る昆布のおにぎりに。

…あ、でも昆布以外も食べたいから治くんと、治くんの握るおにぎりに。

fin.





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