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あれから苗字はお弁当を持参するようになった。相変わらず中身は小さな塩にぎりひとつと、野菜だけれど。朝晩も少しずつ食べる量を増やせているらしく、前と比べて顔色も良くなった。この調子やな。

さて今日は先週と打って変わって俺が緊張している。手に持っているのは購買のビニール袋と、巾着。巾着の中身は自分で握った昆布のおにぎりだ。なぜ昼めしはパン派の俺がおにぎりを持参しているのか。ことの発端は先週の金曜日。「そろそろ昆布も食べれるやろか」という苗字のひと言だった。
”苗字に俺の作っためしで美味いと笑ってほしい“という気持ちが芽生えていた俺は、咄嗟に作らせてほしいと申し出てしまったのだ。目をパチクリとさせて驚いていた苗字だったが、「じゃあ、お願いします」と柔らかく笑ってくれた。
家族以外の人におにぎりを握ったこともないのに、朝練だってあるのに。何を言ってるんだと自分でも思ったけれど。


「あれ、治くんもう来てた」

俺より少し遅れてやってきた苗字の手には、いつもはない購買のビニール袋。なにか買って来たのだろうか。

「これ、おにぎりのお礼!」

ずい、と目の前に差し出されたビニール袋に入っていたのはプリン。まさかの俺宛。以前購買のプリンがお気に入り、といった話をした気がする。それでわざわざ購買で買って来てくれたのか。昼休みの購買は戦場なのに。食べ盛りの男子高校生に紛れて必死に購買で戦う苗字を想像したら思わず笑みが溢れた。

「お礼なんかよかったんに。ありがとうな」
「いーえ!」
「ん、これ」
「おぉ…でかい…」
「なるべく小さく握ったんやけど、でかいよな、すまん…」

巾着からおにぎりを出して苗字に渡したら、予想以上の重量だったようで。
苗字がいつも食べているおにぎりをイメージしながら作ったが、いかんせん手のサイズが違いすぎる。さらに昆布も入れなくてはならなかったので、だいぶ大きくなってしまった。少し歪んだ三角形のおにぎりを苗字は両手で持って眺めている。でもその顔は以前のように眉間に皺は寄っていない。おにぎりと俺を交互に見つめて「治くんらしいサイズやな」と笑った。

「無理に食べんでええからな?」
「おん、いただきます」

自分が作っためしを食べてもらうってこんなに緊張するもんなんやな。試合より緊張しとるかもしれん。思わずパンを握りしめて、食べる様子をじっと見てしまう。
ぱくり、前よりも大きくなった苗字のひと口。まだ昆布は出てきていない。もうひと口。あ、昆布出てきとる。しっかりと咀嚼して飲み込んでから、俺の方を見る。

「おいしい…っ」

美味しいと笑顔を向けてくれた苗字だったが、次の瞬間には目から涙が溢れていた。

「ど、どないしたん?!なんやまずかったか?!」

ぶんぶんと首を大きく横に振って、「違う、むっちゃおいしい」と。泣きながらおにぎりを食べ進めた。無理して食べているのではないだろうかとヒヤヒヤしている俺を横目にどんどん食べ進める。

「んっ、ごちそうさま!」

なんとあっという間に食べ終わり、おにぎりが包まれていたラップをピシッと開いて、いつものお弁当のように見せびらかしてきた。その顔にはもう涙はなく、キラキラとした笑顔だった。いつぞやと同じような笑顔だけれど、今日の笑顔には「美味しかった!」と書いてあるように見える。なんだか少し、目頭が熱くなった。涙が溢れて来てしまわないように握りしめていたパンを齧った。

「治くんおにぎり握るの上手やなぁ、大きいんにふわっとしとってどんどん食べてしもたわ」
「フッフ、せやろ。オカンにも褒められんねんで」
「そうなん?それは強いな」
「でも家族以外に食べてもらうん初めてやから緊張したわぁ」

パンを食べ終わって、苗字から貰ったプリンを開ける。カスタードの甘い香りがふわっと広がった。

「プリンひと口食うか?」
「んー…」
「おっ、」

あのおにぎりを食べ切った後だし、どうだろう。無理かな。そう思いながらもスプーンにひと口掬って差し出した。一瞬迷った苗字だったが、スプーンを口に含んだ。

「ほんまや、このプリン美味しいな」

食べると思わなくてこちらはびっくりしているというのに、苗字は何でもないようにプリンの感想を述べるものだから笑ってしまう。


「次は苗字がおにぎり作ってきてや。でっかいのな」
「でっかいのかぁ…具はなにがええ?」
「せやなぁ、昆布もええけど梅とシャケも捨てがたいな」
「ロシアンおにぎりにしよか!」
「変なもん入れんといてな?!」
「それはフリやんな?」
「フリちゃうわアホ!」


苗字を知るために始まったこの外階段での昼休みは、3年に上がるまで続いたのだった。


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