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「およ、今日はお弁当なん」
「せやねん〜」

次の週、苗字が持っていたのは小さな橙色のお弁当包みだった。ドヤ顔でお弁当包みを顔の横まで持ってきて、俺に見せびらかしてくる。いきなりお弁当はハードル高いのでは、と不安に思えばお弁当箱の中身は小さなおにぎりひとつと蒸し野菜が少しだけ詰められていた。たったそれだけだったが、苗字は少し緊張した面持ちでお弁当と向き合っていた。
苗字は昼めしこそ全く食べないが、家では今までも朝晩少しだけ食べていたらしい。朝はコーヒーとおかず、晩は味噌汁とおかず。俺からしたら食べてないに等しいようなメニューだけれど。量は少ないが、家族と同じメニューを食べるようにはしているという。

いただきます、ととりあえず野菜に手をつけた苗字。糖質の高い野菜でなければ普通に食べられるそうだ。野菜の糖質とか今まであまり考えたことがなかった。野菜は野菜やんか。

そういえば以前、パンをひと口食べるかと尋ねたら、差し出したパンをじっと見つめて固まったことがあった。食べるのが嫌、というより眉間に皺を寄せて何かを考えているようで。

「え、なに固まっとるん」
「…ちょっと考えてた」
「なにを?」
「メロンパンの材料と作る工程?」
「は?」

メロンパンの材料と作る工程。
そんな答えが返ってくるとは思わなくて、今度は俺が固まってしまう。

「いや、なんかな、カロリーだけやなくてその辺も考えてしまうんよ。メロンパンやったらパン生地の上にクッキー生地被せとるからお砂糖もバターも量多いやろなぁ、脂質と糖質高いなぁとか…」
「はー、すごいな!見ただけでそこまで分かるっちゅうことは、料理できるんか」
「まぁ、何となくやけどな?料理は好きや」
「ほぉー」

まさかパンをひと口食べるだけでそこまで考えるとは。またも俺にはわからない思考だった。でも、将来めしに関わる仕事をするのならその思考はあると便利かもしれない、とも思った。
結局パンはひと口も貰われることはなかった。


そんなことを思い出していれば苗字は蒸し野菜を食べ終えて、おにぎりと見つめ合っていた。米を食べるのが久しぶりだという。

「おにぎりの具なん?」
「ただの塩〜」
「ええな、塩むすび」
「でも一番好きなんは昆布やねん。」
「昆布もうまいなぁ」
「でもおにぎりの昆布はお砂糖も結構使われとるんよ」
「ほお」
「せやから今日はとりあえず、塩とご飯だけの塩むすびや」
「なるほどなぁ」

ぱく、と俺ならひと口で余裕に食べられてしまうサイズのおにぎりを小さく齧った。長いこと咀嚼して、飲み込む。それを二度繰り返して食べ切った。苗字は食べ始めこそ眉間に皺を寄せながら“頑張って食べている”と言う感じだったが咀嚼しているうちに眉間の皺もほぐれていた。
空っぽになったお弁当箱を嬉しそうにまた顔の横まで持ち上げて、「完食!」と笑顔で見せびらかしてくる。その笑顔がしばらく頭から離れなかった。やっぱりめしは、人を笑顔にするのだ。苗字はめしが美味しくての笑顔というよりは、食べられたことの嬉しさの笑顔なのだろうけれど。

俺の作っためしでも、笑顔にできるんやろか。美味いって笑ってもらえたら最高やんな。苗字にも美味いって笑ってほしいなぁ。
そんな気持ちが初めて湧いた日だった。




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