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助けを求めてきた苗字だったが、別に俺に何か特別なことをして欲しかったわけでもないらしく、いつも通り昼休みを一緒に過ごすだけでいいと言う。そんなことが助けになるのだろうかと首を傾げたが、俺自身苗字が美味しく食べてるところを見てみたいと思う様になっていたので頷いておいた。
変わったことといえば、あの日から苗字は何かしら食べるものを持参するようになった。っていうてもゼリーとか、ブロックのバランス栄養食一本とかやけど。まぁ、何も食べへんよりは大きな進歩やろ。
あとはそうだ、お互いの呼び方も変わった。苗字さん、から苗字。宮くん、から治くん。苗字で呼ばれ慣れてなかったからなんだか気持ち悪かったのだ。ほんの少しの変化だが、さらにもう1段階仲良くなれたような気がして嬉しかった。
昼休みは他愛のない話をして過ぎていく。その時間は心地よくて楽しい。食べ物の中で何が一番好きなのかと聞かれて「めし」と答えたら腹を抱えて笑っていたり、片割れへの文句を零せば一緒になって怒ってくれたり。苗字が感情をしっかりと表に出すタイプであることをこの数日で知った。苗字ってもっとツンケンしとるイメージやったから、いい意味で裏切られたわ。


5月も中旬を過ぎ、蒸し暑い日が続いたある日。苗字が倒れた。暑くなってきたからそろそろちゃんと食べんと保たへんよなぁと昨日話したばかりだったというのに。早々にフラグ回収すなや。

「苗字のこと、心配なら見に行って来れば?」
「……心配とか言うてへんやろ」
「苗字が保健室行ってからずっと眉間にしわ寄ってるよ」
「撮るなアホ」
「治が食べ物と侑以外でそんな顔するのレアじゃん」

苗字と昼を過ごす前までは、部活もクラスも同じな角名と過ごしていた。だから角名には昼を誰と過ごしているのかは言ってあった。理由は隠したし、侑には言うなと口止めもしてある。ちなみにコイツ、口止め料にコンビニアイスを強請ってきよった。侑に知られたら面倒なことになるんは目に見えとったから奢ったけど、ほんまちゃっかりしとる奴やな。
まぁ角名の言う通り心配なのは心配だった。…誰でも倒れたら心配になるやろ。微かにニヤつきながら俺にカメラを向ける角名をはっ倒してやりたくなったが、グッと堪えて保健室へ向かった。

「いたっ」

…はっ倒しはせんかったけど、すれ違いざまに肩パンはした。


小声で失礼しまーす、と保健室の扉を引けば、室内にはパッと見たところ誰もいなかった。養護教諭は席を外しているらしい。静かに扉を閉めて中に入れば、カーテンの閉まったベッドがひとつ。カーテンの下から見えるスリッパは2年の色で、目を凝らせば「苗字」と書いてある。

「苗字、起きとる?宮やけど。」
「…えっ!?」

ベッドに近づいて声をかけてみれば、驚いた声と共にバッと勢いよく起き上がった影が見えた。寝てたとこ起こしてもうたかな。悪いことしたな。

「どないしたん治くん」
「どないしたんちゃうわ、様子見に来てん。大丈夫なん?」
「あー、ありがとう。軽い脱水症状と栄養失調やろうって…この前の健康診断で体重落ちとるの注意されとったからちょっと怒られたわ」

カーテンの向こうで乾いた笑いが漏れる。なんとなく顔を見られないのがもどかしく、「入んで」とだけ断ってカーテンを開けて中に入った。ついでに近くにあった丸椅子を引っ掴んで、ベッドの横まで移動させて腰を下ろした。ベッドの上で縮こまって座っている苗字の顔色は当たり前だがあまりよくない。どうしたら食べられるようになるのだろうか。食べるのが怖い、と聞いた日から頭の片隅でずっと考えていた。

「俺な、将来めしに関わる仕事したいと思うてんねん。」
「…そうなん?」

「めし食うんは誰でも好きなもんやと当たり前に思っててんけど、苗字みたいに食べることが怖いっちゅー感覚の人がおるって知って衝撃的やった」
「怖いもんはしゃーない。でも苗字には怖い、で諦めてほしない。折角仲良うなれたんやから、一緒に美味いもん食ったりしたいやんか。」
「せやからちょっと頑張って怖いのなくしてこ。しんどいときは助けたるから」

「……ん」
「ん!」

俯いて肩を震わす苗字の頭を軽く撫でた。撫でるのをやめようとすれば、もっと、とねだるように頭を押し付けてくる苗字が可愛らしくて、わしゃわしゃと両手で撫でくりまわした。

「っふ、髪ボサボサ」
「治くんの所為やし!」




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