するりとケープの下に手を伸ばす。じゃらじゃらと鳴る鎖をかい潜りつつボタンを2つ3つ外しシャツをはだけさせると、彼はさすがに驚いたのか僅かに身じろいだ。 「イヴェール……? なにを……」 「大丈夫、直ぐによくなるから……ね? これはメル君のためなんだよ」 彼のためで“も”ある、と言うのが正確だが、嘘は言っていない。 定期的に処理していないのが原因なら、とりあえず出してしまえば当分は熱に浮かされることもないだろう。 「……そう、なのか?」 「そうだよ、メル君いま苦しいんでしょ? 僕なら治してあげられるから」 露わになった肌に舌を這わせる。ほんのりと色づいたなめらかな素肌が淡い月光に照らされて、この上なく扇情的だった。 初めこそ怪訝な表情で僕の動作を見つめていた彼だったが、舌や指先で幾度か胸の突起を刺激してやるうちに明らかに態度が変わりはじめた。 「や、……うぁ、じんじん、する……なんか、へん、だ……」 眼の縁に涙を溜め、上気した顔でこちらを見つめてくる彼は普段の姿とは掛け離れている。次第に乱れる呼吸と共に首や身体に絡められた鈍色の鎖が揺れる様が、どうしようもなく背徳的な情動を掻き立てた。 彼は今まで味わったことのない感覚に戸惑っているのであろう、口の端からつ、と唾液を零しながら懸命に問い掛けてくる。 「イヴェー、ル……ほんとに、これで……なおる、のか? からだ、あつい……」 「治るよ、だからもうちょっとおとなしくしててねー」 彼の不安を拭い去るように、なるべく軽い口調で答える。 いくら予備知識が無いに等しいとは言え、正直なところもう少し抵抗されるものだと思っていたので彼の素直な反応は意外だった。 この調子なら本格的な行為に及んでも案外平気かもしれない、などと都合の良い考えすら浮かんでくる。 彼を騙しているようで、少し気は引けたが。 安堵や期待、それに自身の昂ぶりが入り混じった複雑な気持ちを抑え込みつつ、彼のズボンのベルトを外し前を寛げる。 だが、下着越しに彼自身にそっと触れようとしたところ、震える手で弱々しく阻まれてしまった。 「……いやだ、そこは、」 「恥ずかしい?」 目を伏せたままこく、と控え目に頷く姿がいじらしい。 どうしてこう、いちいち可愛らしい仕草をするのだ。心の奥底に燻る渇きがじわりと広がる。 「何か、ほかの方法は……っ」 「ごめんね、メル君の身体を治すためにはこうするしかないから。我慢して?」 いやいやと首を振って尚も拒否する彼の頭を優しく撫でて言い含める。 なぜ性器を触ろうとするのか理解できない、とでも言いたげな彼の口ぶりからすると、やはり手淫の経験はないようだった。 ふとしたきっかけで高められた情欲にどう対処したら良いか分からないまま、そもそもそれが情欲というものだと理解することもできずに、ただ不安を抱えて過ごしてきたのだろう。 この森、特に彼の拠点となっている古井戸の周辺には多くの《衝動》が渦巻いているため、それにあてられることもあったのかも知れない。 (もっと早く、気づいてあげるべきだったかな……) 先刻、此処で苦しそうに喘いでいた姿を思い返すと少々胸が締め付けられた。 甘い痺れに支配されそうな己の腰を叱咤して、彼の中心に手を伸ばす。とにかく、彼を苦痛から解放してやるのが先だ。 「……じゃあ、触るよ」 気を取り直して行為を再開する。 下着を腿の付け根の辺りまでずらしてやってから彼の陰茎に指先で軽く触れると、その瞬間身体がびくんと跳ねる。彼が短く息を呑むのが聞こえた。 試しにそのまま数回、ゆるゆると上下に扱いてみる。 「ひゃ、ぁ、んあぁ! っなに、こわい、やだ……!」 「わ、」 突如抵抗しだした彼に驚いて顔を上げると、未知の体感に怯えたのか、彼は身を震わせながら泣きじゃくっていた。 僕のコートの肩の辺りを握り締めていた指先は、力を込めすぎたせいで真っ白になっている。 ぼろぼろと零れ落ちる大粒の涙は、頬を伝い彼の衣服にぽたりぽたりと染みを作っていく。 (無理もない、か……自分でしたこともないんだし) 嗚咽を漏らす度に上下する彼の背中に手を回し、ゆっくりとさすってやる。 そうして落ち着くのを待ってから、目尻に溜まった涙を舐め取り、子どもをあやすようにゆっくりと囁いた。 「大丈夫、大丈夫だからね……怖くないよ、声も我慢しないでいいから」 「っ、……! あ、やめ、ぅ、あぁあ、あーっ、イヴェ、ル……っなんかでる、いやだ、やめてっ」 「出していいんだよ、メル君、」 悲痛な声を上げる彼を宥めながら、愛撫を施す。緩急をつけて裏筋から雁首、鈴口までまんべんなく刺激を与えてやると、ぐちゅ、にち、と粘着質な水音が次第に大きくなっていく。 快楽を恐れながらはくはくと必死に酸素を求める彼の姿が、愛おしくてたまらなかった。 「は、っあ、だめ、でちゃ、あっあ、ぁ……ーっ……!!」 びゅる、びゅく、と断続的に熱が吐き出される。 僕の右手だけでは受け止め切れなかったのか、彼の下腹部や大腿にも少し白濁が飛んでしまっていた。 どろりとした感触が掌を滑り落ちていく。 「……ぁ、はぁ……あ、ふ……」 放心状態で、荒れた呼吸のままびくびくと小刻みに痙攣を繰り返す彼はどうにも卑猥で目のやり場に困る。 衝動を押さえ込むのもいよいよ限界だった。 気をやったばかりで未だ意識のはっきりしない彼には悪いが、もう少し付き合って貰わなければ今度は自分がおかしくなってしまいそうだ。 しかし、よほど消耗したのだろう、彼は虚ろな瞳でこちらを見返していたのもつかの間、背後の井戸に背中を預けて眠りに落ちてしまった。 (ああ……やっぱり、最後までは無理か……) 彼の身体に余計な負担を掛けずに済んでよかったのだと思うべきか。 ついさっきはじめて意図的な射精を経験したような者にいきなりセックスを、特に一般的とは言えない形のそれをさせるのは、いくら何でも酷だろう。 まあ、彼に男性同士での性行為が特殊であるという認識自体あるか疑わしかったが、どうであれ彼に幾らかつらい思いをさせることに変わりはない。 落胆しつつもそう思い込むことにしたが、理性では納得しても本能がなかなか引いてくれなかった。 どうしようもないので、彼の身なりを整えてやるのは後回しにする。いま彼の身体に触れてしまったら、歯止めが利かなくなるのは誰よりも自分が理解していた。 「さて、と……」 はあ、と情けない溜め息を吐く。 すうすうと寝息を立てている彼にひとまず自分のコートを掛けてやったイヴェールは、どろどろに汚れた右手と自身の欲望とをどう処理したものか、思案するのだった。 11.01.30 [ back ] |