屍人は屍人らしく(王子闇) | ナノ



 輪郭を辿り、首から鎖骨、そして下腹部へ。
 身体中を余すことなく撫でる手は温かく、彼に触れられた箇所から仮初の熱が灯るのではないかと錯覚するほどだった。
 この身が温もりを宿すことはもう二度とないと、分かってはいたが。

「ふ、……っあ……」

 肌の上を這う手に気をとられていたところ、不意に脇腹の辺りを舐められて背筋にぞわりとしたものが走る。しまった、と思ったときにはもう遅く、己の唇からは堪えきれなかった声が漏れていた。
 その途端、覆い被さっていた影はゆらりと身を起こし、こちらを見据える。そして興が醒めたと言わんばかりにぴしゃりと言い放った。

「あれほど声を出さないよう言ったじゃないか」

 碧眼を眇めて嘆息する彼は、やれやれといった様子で額に手を当てた。月光を浴びた金色の髪が鈍く光っている。

「君は解ってない、なぜ僕が君に惹かれているのか」

――ああ、まただ。

 耳の横で微かにざり、と音がした。
 視線だけで音のした方を伺うと、彼の腕が顔のすぐ近くにあった。地面に片手をつく体勢を取ったようで、空いている手をこちらに伸ばしてきた。

「……生者は醜い」

 おもむろに口を開いた彼は、するりと僕の髪に指を絡める。

「口喧しく他人を罵り、嘘を吐く……実にくだらないと思わないか」

 彼は緩やかに髪を梳きながら、忌ま忌ましげに吐き捨てた。


 彼は死人しか愛せないのだと言う。
 想い定めた者が意思を持って動くことが、好き勝手に喋ることが、許せないのだとも。
 そんな自己本意な男に付き合ってやる理由などないのに、僕は彼の手を振り払うことができなかった。

「メルヒェン」

 いつの間にかすぐ近くに彼の顔があった。端整な顔立ちに薄い笑みを浮かべた彼はうっとりと呟く。

「君は美しい……僕を満たしてくれるのは君だけなんだ」

 美しい。抜けるように真っ白な肌が。氷を思わせる冷たい痩躯が。
 毎回言い回しこそ違えど、もう聞き飽きるほど耳にした言葉だ。身体を重ねる度にそんな賛美を並べ立てる彼は、最後に必ずこう言うのだ。
 「これで口を利くことがなければ最高だ」と。

 頬に添えられた掌からは、僅かに鼓動が伝わってくる。
 彼は別に僕を愛でている訳ではない。屍に魅せられているだけなのだ。そう理解していても、彼の持つ温もりに抗えなかった。生者特有のそれを肌で感じ取る度、身体中に漣のように広がる感情を忘れることができなかった。

「……っ」

 かり、と耳朶を甘噛みされる。
 身体をびくつかせながらも、今度は何とか声を抑えた。
 いつまで、耐えられるだろうか。
 吐息ですら咎められることを危懼して唇を噛み締めると、耳元で彼がふっと笑ったのが分かった。

 善い心掛けじゃないか――そう囁いた彼の声音が、いつまでも耳にこびりついて離れなかった。



11.01.30 

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