糖蜜漬けの夜(ハロメル) | ナノ



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 意識が浮上していちばん最初に知覚したのは、まるでのし掛かられているような腹部の重苦しさだった。
 次いで、頭上から降ってくる暢気な声が鼓膜を震わせる。

「先輩、セーンパイ、起きてンだろ、なあ」

 本来、この部屋には居るはずのない人間の、しかし嫌というほど聞き慣れた声だった。
 メルヒェンは目蓋を閉じたまま、どうしたものかと思案する。鼻腔には、すでに甘ったるい匂いが満ちていた。
 どこか俗っぽい、それこそ子どもが好む菓子のような、毒々しいほどに甘い香りだ。こんな匂いを常に身に纏っている男など、メルヒェンは一人しか知らなかった。

「……重いからいい加減にどいてくれたまえ、ナイト」

 メルヒェンが意を決して目を開けると、案の定、思い描いていた通りの男の顔が目の前にあった。
 夕陽が射し込んでいたはずの室内はいつの間にか闇に浸されており、ベッドサイドに置かれたランプの頼りない光だけが、ハロウィンナイトをぼんやりと照らし出している。

「なんだ、やっぱり起きてたのか。案外意地が悪いんだな、あんた」
「人聞きの悪いことを言わないでくれるかい。たったいま目が覚めたんだよ、君がさんざん騒いでくれたせいでね」

 ハロウィンナイトはどうやら、メルヒェンが寝台に仰臥していたのをいいことに、馬乗りの体勢を取っているようだった。
 道理で息苦しいはずだ、とメルヒェンは溜め息をつく。
 身体を起こすことも叶わないメルヒェンは、仕方なしに、眠りに落ちる前の記憶と、いま自らの置かれている状況とを摺り合わせていった。
 記憶が正しければ、先ほどまで自分は寝台に寝転んで読書に耽っていたはずだーー行儀が悪いだとか、そんなことは今は脇に置いておくとして。ちらりと枕元の辺りを見遣れば、なるほど、読みかけの書物とおぼしきものが確かに視界の端に映った。
 そして、もう一つ。これが最大の過ちだとしか言いようがないが、恐らく、数時間前の自分は部屋の鍵を掛けるのをすっかり忘れていた。もっとも、深夜でもないのに、この安全な城内でいちいち施錠しようという意識が働かなかったのも当然と言えば当然だが。

「……お茶くらいなら出してあげるから、とにかくどいてくれないか。君を招き入れた覚えもないし、はなはだ不本意であることに変わりはないけれど」
「あー、ノックしたんだが返事が無かったんで入らせてもらった」

 あっけらかんと言い放つ声に、メルヒェンは呆れて物も言えなかった。

「君の頭はどこまでも君に都合の良いようにできているんだね。その上勝手に人の寝台にまで上がり込むなんて、君と私はずいぶんと親密な関係らしい」

 できる限りの皮肉を吐き出しながら、依然として退く気配のない男の肩口の辺りをぐいと押しやる。しかし、ハロウィンナイトの身体は微動だにしなかった。

「冷てぇなあ、はじめての後輩なんだからもう少し優しくしてくれたって良いだろ? セ・ン・パ・イ」
「その呼び方はやめろと言っただろう……、っ」

 ささやかな抵抗も不発に終わり、メルヒェンの眉間に縦じわがさらに一本増えようかというときだった。
 不意にずい、と顔を近づけられて、メルヒェンは思わず言葉を詰まらせた。

「優しくしてもらうついでに、もうひとつ。Trick or Treat?」
「……今日は万聖節前夜ではないはずだが」
「いいから」

 耳元で再度「Trick or Treat?」と囁かれ、ぞわりとしたものが背筋を走る。

「っ、茶菓子なら、向こうのテーブルの上に幾らか置いてあるだろう」

 彼が求めているのはきっと、こんな言葉ではない。そう分かっていながらも、メルヒェンにはこれ以外に返事のしようがなかった。みすみす彼の思い通りにさせるのは面白くないという気持ちが、心の底で燻っていた。

「俺は『いま』、『すぐに』、あんたの口から返事を聞きたいんだよ。この意味、分かるだろ?」

 橙色に燃える瞳が、すう、と細められる。緩やかな弧を描く唇が腹立たしかった。
 トリック・オア・トリート。つまるところ、この場で差し出せるお菓子がないのなら、待っている仕打ちはただひとつだ。
 理不尽極まりない話だが、《万聖節前夜》の名を冠するこの男の前では、どんな理屈も意味を成さない。

「……やれやれ、Süßes oder Saures≠セなんて、ロクなものじゃないね」

 そんな文言ではしゃぐのは子どもだけにしてもらいたいものだ、とぼやく。
 恐らく、彼は最初からーーこの部屋に侵入したときから、こうするつもりだったに違いない。そう思うと、もはや嘆息する気にすらならなかった。
 今後の成り行きを甘んじて受け入れるしかないのだと悟ったメルヒェンは、諦観しきった表情のまま、寝台の上に四肢を投げ出す。
 その仕草を肯定と取ったのか、メルヒェンを組み敷いたままのハロウィンナイトは、満足そうに口の端をよりいっそう吊り上げた。



 それから先は、あっという間だった。
 あれよあれよと剥かれてしまった衣服は、無惨にも床に打ち捨てられている。そうしてメルヒェンは、いまやはだけたドレスシャツをその身に纏うのみとなっていた。

「…………っ、ふ……」

 首筋から鎖骨、みぞおちへと、啄ばむように唇を落とされるのがくすぐったい。
 零れ落ちそうになる吐息を何とか抑えて、メルヒェンはハロウィンナイトの表情をちらりと窺った。
 僅かに乱れた前髪の間からは、炯々とした瞳が見え隠れしている。明らかに情欲を湛えたその双眸は、底抜けに明るく、人懐こい普段の彼からはとても想像のつかないものだった。
 だが、メルヒェンとしては、そんなハロウィンナイトを見るのはやぶさかではなかった。
 強いてその感情を言葉にするならば、優越感と親近感を綯い交ぜにしたようなもの、という表現が最も近いかもしれない。普段、復讐を唆してみても全く興味を示さない飄々とした男が、ベクトルは違えど《衝動》に突き動かされ、本能のままに行動している姿を見るのは、愉快でもあり、同時にどこか嬉しくもあった。

「……なんだ、考えごとでもしてんのか? ずいぶんと余裕だな」
「君の前戯があまりに退屈なものだから、ついつい空想に耽っていたのさ」
「はっ、よく言うぜ。いっつもアンアン鳴いてんのはどこの誰だか」

 メルヒェンの軽口に誘われるように、ハロウィンナイトはにやりと笑った。目にもの見せてやる、と言わんばかりの顔つきは、正しく悪戯好きの子どものそれだった。

「ひっ……つめた、っあ」
「すぐ善くなるから我慢しろって」

 どこから取り出したのか、ハロウィンナイトは手にしたチューブから軟膏とおぼしきものをメルヒェンの下肢に塗りたくっていた。ぬるぬるとして、中途半端に冷たい感触は、幾度経験してもあまり気持ちの良いものではない。
 しかし、未だ固く閉じているはずの窄まりは、ぬめりのせいか指の一本程度はすぐに飲み込んでしまった。
 異物感に顔をしかめるメルヒェンをよそに、ハロウィンナイトは慣れた手つきでメルヒェンの身体を暴いていく。

「この辺だったか、あんたのイイところ」

 ぐにぐにと内壁を嬲られる感覚に、ふるりと身体が震える。悔しいことに、己の肉体はこの先にある快楽を既に覚え込まされているらしい。それを認めたくなくて、止せば良いのについ悪態を吐いてしまう。

「っ……いちいち、そんなこと、聞くな、ぁ、ああッ!?」

 しかし、その言葉も最後まで紡ぐことはできなかった。
 不意の刺激にびくん、と身体が跳ねる。指先で前立腺を断続的に押し潰されて、強すぎる快楽に視界がちかちかと明滅した。
 しかも、あ、ぁ、と声にならない喘ぎを吐き出し続けるメルヒェンを面白がるように、ハロウィンナイトは執拗にそのしこりばかりを責めるものだから堪らない。

「もっ、むり、むり、だから、ぁ……!」

 意識とは無関係に、身体の奥がひく、ひくん、と痙攣しかけているのが分かる。
 頭が真っ白になり、何も考えられない。そう思った刹那、ハロウィンナイトの動きがぴたりと止まった。

(ああ、本当に、この男は……!)

 まさか、と思いながらも、弾かれたように顔を上げる。
 そして、にやにやと、心底楽しそうな笑みを浮かべるハロウィンナイトを見て、メルヒェンは全てを感覚的に理解した。
 先ほどまでの愛撫が嘘のように、媚肉にうずめられた指はぴくりとも動かない。

「……っ、ナイト、」

 声に非難の色を滲ませて、暗に行為の続きを催促する。こんなこと、無駄だと分かっているのに。
 予想通り、ハロウィンナイトはただ白々しくメルヒェンの紡ぐ言葉を待っているだけだった。
 そうしている間にも、じわじわと時は過ぎていく。
 それでも、一度燃え上がった情欲の炎はおさまることなく、むしろメルヒェンを蝕んでいく一方で。
 我慢しきれず身じろぎする度に鼓膜に届くあからさまな水音に、どうしようもなく羞恥心を掻き立てられるばかりだった。

「はは、先輩、すっげぇ腰揺れてる。かーわいい」
「ち、ちが、これは、っひゃう……!」
「違わないって。ほら、ぐちゅぐちゅ音立ってんの、聞こえるだろ?」

 いやいやと力無く首を振るメルヒェンに追い打ちを掛けるかのように、ハロウィンナイトが空いた方の手をメルヒェンの陰茎に伸ばした。

「あーっ、あ、そこ、触ったらっ、だめ、へんになるからっ、」
「じゃあどうしてほしい?」
「っ、あ、うぅ……」

 かぷ、と耳朶を甘噛みされて、堪えきれず全身がわなないた。
 ひどく散漫な思考の中で、噎せ返るほどの甘い香りだけがメルヒェンの意識を満たしていく。
 まるで自分自身がぐずぐずに溶かされていくような、そんな錯覚に、メルヒェンはすっかり溺れきっていた。

「っ、……も、いれ、いれてっ……なか、擦ってっ、めちゃくちゃにして……!」

 メルヒェンの白い瞳から、生理的な涙がぽろぽろと零れる。
 ぬち、くちゅ、と響く粘着質な音に、もはや微かに残っていた理性も全て蕩けて霧散してしまった。
 口の端からつたた、と零れた唾液が、ドレスシャツの襟に染みをつくる。

「あんた、本当に救いようのない淫乱だな」

 ハロウィンナイトが嗜虐的な笑みを浮かべる。
 彼自身も興奮しているのだろう。掠れた、吐息混じりの声でそう囁かれて、メルヒェンはまるで脳髄がじん、と痺れるような感覚に襲われた。

「まあ、先輩がそう言うなら、お望み通りに」

 言うが早いか、体内から指が引き抜かれる。
 思い切り脚を割り広げられたのと、熱い楔が打ち付けられたのは、ほとんど同時だった。

「あ、あぁ、きて、る、ああぁ、あー……!!」
「っは、すげ、トコロテンとか……そんなに悦かったんだ、先輩?」

 びゅる、ぴゅ、と脈打つように飛び散る飛沫は、メルヒェン自身の腹から胸にかけてを盛大に汚していた。
 しかし、当のメルヒェンはそんなことを気にかける余裕もなく、意識を飛ばさぬようただ荒い呼吸を繰り返すのが精いっぱい、といった様子だった。
 ハロウィンナイトが頬をぺちぺちと軽く叩いても、ぼんやりとした反応しか返ってこない。

「セーンパイ、悪いけど、もう動いていい?」
「はぁっ……あ、……なに、す……」
「なにって、俺はまだ満足してないからさ。元はと言えば俺が悪戯する側なんだから、あんたばっかり気持ち良くなってたら不公平ってもんだろ?」

 だらりと弛緩していたメルヒェンの両脚を、再び持ち上げる。
 根元まで挿入っていた屹立をぎりぎりまで引き抜くと、途端に悲鳴が上がった。

「っな……ひあ、ゃ、やめ……! いまっ、いったとこ、なのにっ、ぃああッ!」

 切れ切れの制止など聞こえぬ振りで、もう一度奥まで一気に突き入れる。抽送の度に前立腺をごりゅ、と押し潰せば、面白いくらいにきゅうきゅうと中が締まった。

「ひぃん、っあ、あああぁ、また、いく、いっちゃ、」
「く、きっつ……」
「ッあ、ないと、らめ、いっ、いく、ぁーーーーっ……!!」

 メルヒェンの青白い痩躯が、大きく痙攣する。ハロウィンナイトも、一瞬遅れてメルヒェンの体内に思い切り白濁を注ぎ込んだ。

「……っあ、ぁふ、あつ、い……」

 下腹部にじんわりと広がる熱を感じながら、メルヒェンはぽつりと呟いた。
 メルヒェンの陰茎は触れられることなく絶頂を迎え、とろとろと半透明の雫をこぼしている。激しい快楽の余韻か、不随意にひくん、ひくんと痙攣を繰り返すメルヒェンからハロウィンナイトがずるりと自身を引き抜けば、メルヒェンの唇からは熱のこもった吐息がまろび落ちた。

「……きみは、本当に、物覚えが悪いね」

 しわくちゃになったシーツの波の中、荒れた呼吸を整えながら、メルヒェンがじっとりと恨みがましい視線を向ける。
 どろりと垂れた精液が太腿を伝う気持ち悪さに、メルヒェンは小さく身震いした。

「ナカには出すなと、いつも言っている、だろう……」

 不快感に耐えるメルヒェンをよそに、眼前の男は悪びれる様子もなくからからと笑っている。

「そう怒んなって、ちゃんと後始末くらいするさ」
「……そういう問題じゃない」

 依然としてぶすっとした表情のメルヒェンはしかし、諦めたように口をつぐんだ。
 毎度毎度、君の吐き出したものを一滴残らず掻き出される方の身にもなってみろ、と声を大にして訴えたかったが、冷静になった今ではそんなことを口にするのも妙に気恥ずかしかった。

「だいたい君は、……ナイト?」

 ぶつぶつと恨み言をこぼしながら、ひとり悶々としていたメルヒェンは、ふとあらぬ場所に視線を感じて我に返った。何とも言えない居心地の悪さをかき消すように、もぞもぞとシーツをかき集め、視線の主を咎めるべく名を呼ぶ。
 彼は、後始末をする、とのたまっていたのだから、見るなと言うのも無理な話だ。しかし当然ながら、局部に無遠慮に目を向けられて平常心を保っていられるほど、メルヒェンは開けっぴろげな人間ではなかった。

「……っ、あまりじろじろと見ないでくれたまえよ」
「いや、いつものことながら旨そうなCreampieだなと思って」
「君は最低だ!」

 羞恥心から瞬間的にかっと熱を持った頬をごまかすように、手近にあった枕を掴んだメルヒェンは、それを力の限り眼前の男にぶち当てる。
 だが、行為の後の疲労困憊した身体では大した威力も出せず、ハロウィンナイトの腕の辺りにぼふんと当たった枕はそのまま床に転がり落ちただけだった。

「信じられない、なんで私はこんな下品な男と……」

 恥ずかしいやら腹立たしいやらで、どんな表情をすれば良いか分からないメルヒェンは、ひたすらに頭を抱えて嘆くことしかできなかった。喉に負担を掛けすぎたせいか、少しばかり嗄れてしまった己の声に、つい先ほどまで行為に溺れていたという現実を嫌というほど突きつけられて気が滅入る。
 しかし、ハロウィンナイトはそんなメルヒェンを気にも止めず、がばりとシーツを剥ぎ取った。

「なんだ、そんだけ元気なら大丈夫だな。ほーら、ちゃちゃっと綺麗にしてあげますからじっとしててくださいよー先輩」
「ひんっ……ゃ、あぅっ……!」

 何の前触れもなく侵入してきた指が、にちゃりと蜜壺を掻き回す感覚に、メルヒェンは堪らずぎゅっと眼をつむる。すっかり額に張り付いてしまっている前髪が鬱陶しいと、どこか他人事のように思った。
 二人分の体液でどろどろになってしまったシャツも、乱れに乱れたシーツも、忌々しいことに再び熱を持ちかけているこの身体も、全てが夢ならばどれほど良かっただろうか。
 だが、残念ながら何もかもが現実であり、夜もまた、まだまだ明けそうにはなかった。





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中出ししてさらっとクリームパイとか言っちゃうような俗語ばんばん使うあんまりお上品じゃないハロナイちゃんが好きです
メルにろくでもないスラングをいろいろ吹き込んではその度に赤面させたり眉をひそめさせたりしてるととてもかわいいなと思います…

14.08.05 
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