嘘のような本当の話(冬闇+α) | ナノ



※エイプリルフールネタ
※ほんのりSHK設定
※幼児化した融合似非(イヴェヒェン、メルール)が出てきます







「……退屈ダワ」

 ふかふかとした大きな寝台の端にちょこんと腰掛けたエリーゼは、ぽつりとこぼした。
 柔らかな日差しの差し込む室内は、静穏そのものといった様相を呈している。
 まだ午前だというのに、気を抜けばすぐにでもまどろんでしまいそうな、ひどく緩慢な空気が場を満たしていた。
 そんな状況が何か少しでも変化することを期待して、エリーゼはこの部屋の主に視線を向ける。
 しかし、相槌の代わりに響いたのは、書物の頁を繰る微かな音だけだった。

「モウ! 聞イテルノ、メル!」

 エリーゼの呟きに気づいていないのか、一向に顔を上げようとしないメルヒェンに、思わず苛立ちをぶつける。
 ぼふん、とマットレスを叩きながら声を張り上げれば、椅子に腰掛けて黙々と耽読していた背中がびくりと強張った。

「ごっ、ごめん、どうしたんだいエリーゼ」
「ドウシタモコウシタモ無イワヨ! 今日ガ何ノ日カクライ、メルダッテ分カッテルデショ?」

 ぱっと本を閉じ、わたわたとこちらを振り返るメルヒェンをきっと睨みつける。
 そう、今日は四月一日。俗に言う、エイプリルフールだ。
 この王国でもそうした認識は共通のようで、朝から多くの者達が騙し騙され、一日限りの欺きあいに興じていた。
 下らない行事と言ってしまえばそれまでだが、何もしないというのもつまらない。
 一年に一度しかない貴重な機会なのだから、思う存分有効活用しても損はないだろう。
 エリーゼは、そう思っていた。

「エイプリルフールのことかい? 確かにみんな、思い思いに楽しんでいるようだけど……僕には特に嘘をつきたい人もいないし」

 うーん、と唸ったメルヒェンは、困ったように眉根を寄せた。

「誰デモ良イノヨ? 相手ナラタクサンイルジャナイ」

 あの変態王子とか、冬の子供とか、低能な航海士とか――エリーゼが毒舌を交えながらつらつらと候補を挙げてみたものの、メルヒェンは依然として気乗りしない様子だった。

 どうすれば、メルヒェンをその気にさせることができるのだろうか。
 困り顔のメルヒェンを前に、エリーゼは知恵を絞る。
 しかし、エリーゼの説得は半ばにして中断されてしまった。

「おーいメルくーん! いるー?」

 どんどん、と扉を叩く音。
 騒音の主は、つい先ほど候補の一人として挙げられていた冬の子、イヴェールだった。
 何やらせっぱつまっているようで、扉ごしに届いた声には、普段ののんびりとした響きは皆無だ。

「あ、ああ」

 突然のできごとに驚きつつも、どこかほっとした様子でメルヒェンは応じる。
 一方、話の腰を折られたエリーゼはぶすっとした表情のまま、扉に恨めしげな視線を送っていた。

「ね、入ってもいいかな?」

 なおも焦りを滲ませたまま、イヴェールはメルヒェンに問いかける。
 メルヒェンが許可を出すのと、扉が勢いよく開かれたのは、ほとんど同時だった。

「一体どうしたんだ、イヴェール」

 扉の近くへと歩み寄ったメルヒェンは、突然の訪問の真意を問うた。
 此処まで走ってきたからなのか、膝に手を付いたイヴェールは、今も肩で息をしていて。
 ただごとではない空気に、自然と緊張が走る。
 だが、話を聞いてみないことには何も分からない。
 メルヒェンは、とにかく部屋に入るようイヴェールに促す。
 すると、ぜいぜいと切れている息を懸命に整えながら、イヴェールはばっと顔を上げた。

「めっ、メル君、ぼく……ッ」
「?」
「僕、子供ができちゃったみたいなんだ……!」
「…………は?」

 たっぷり5秒は固まっていたに違いない。
 あまりにも唐突な告白は、メルヒェンの思考回路を破壊するには充分すぎるほどの威力を持っていた。

「……え……と、おめでとう?」
「嘘ニ決マッテルデショ!? 嗚呼モウ、何デ騙サレチャウノヨメルゥ!」

 メルヒェンが漏らした見当違いな祝辞は、エリーゼによって遮られた。
――全く、ついさっきまでエイプリルフールの話をしていたところだというのに、どうしてそうすぐに騙されてしまうのだろうか。しかもよりによって、あんなあからさまな嘘に!
 メルヒェンの足元で憤慨するエリーゼに、イヴェールはしかしむっとした表情で反論した。

「酷いなあエリーゼちゃん、嘘じゃないよ!」
「嘘ジャナイナラ何ダッテイウノヨ! ソコマデ言ウナラ証拠見セナサイヨ!」

 いつの間に手にしたのか、エリーゼはメルヒェンの屍揮棒でびしりとイヴェールを指す。
 エリーゼの迫力に気圧されたのか、僅かにたじろいだイヴェールは、ばつが悪そうに口ごもった。

「ぼ、僕だって見せたいけど、ずっと背中にしがみついて離れてくれないんだも……うわっ!?」

 不意に素っ頓狂な声を上げたイヴェールを、エリーゼとメルヒェンはまじまじと見つめる。
 イヴェールの肩からひょっこりと顔を覗かせていたのは、メルヒェン――いや、正確に言えば、イヴェールと同じ造りの衣服を身に纏った、幼いメルヒェンだった。

「イヴェール、それは……?」
「僕にも分からないよ! 朝、起きたらベッドの中にいて……その、メル君と同じ顔だったからつい」
「だからといって誤解を招くような発言をするな! だいたい君に子供ができるわけがないだろう」
「あはは、ごめんごめん。だよねぇ、もしできるならメル君の方だもんね」
「――っ、そういうことを言っているんじゃない……!」

 思いもよらぬイヴェールの言葉に、かっと頬が熱くなる。
 誤魔化すように視線を逸らせば、自分とよく似た淡い色の瞳と目が合った。

「……それにしても、本当によく似ているな」

 まるで鏡に映したかのような存在に、つい見入ってしまう。
 緩いくせのある黒髪に、色素の抜け落ちた双眸。
 幼子特有のふくふくと柔らかそうな頬が幼さを際立たせているが、パーツのひとつひとつはメルヒェンに驚くほどそっくりだった。

「メル君さ、何か心当たりとかないの?」
「そう言われても……」

 まさか本当に自分が産んだわけでもあるまいし、自分と瓜二つの子供が急に現れるだなんて青天の霹靂としか言いようがない。
――ここはひとまず、陛下に相談してみた方が良いかもしれない。
 いろいろな事情を勘考したメルヒェンは、そう結論づけた。

「イヴェール、その子は」
「なあんだ、やっぱりメル君が仕掛けたんじゃないか!」

 その子はいったん陛下のところに連れて行こう、というメルヒェンの提案は、溜め息混じりの笑みを湛えたイヴェールによって掻き消されてしまった。

「もう、メル君ったらいつの間にそんなに演技上手くなったの? 僕すっかり騙されちゃった。まさかメル君までエイプリルフールに全力出すなんて思わなかったよ」
「……おい、イヴェール?」

 全く話が見えない。
 メルヒェンは、一人で納得しているイヴェールに、どういうことなのか説明するよう問いただす。
 しかし、イヴェールはしたり顔でふふ、と笑うだけだった。

「メル君そっくりのこの子も、僕そっくりのその子も、僕をびっくりさせようと思って連れてきたんでしょ? でも、もう驚かないからね!」
「その子?」

 イヴェールは果たして、誰のことを言っているのか。
 ますます意味が分からない。
 混乱ここに極まれり、といった面持ちのメルヒェンに、イヴェールもまたきょとんとした表情を浮かべた。

「え、違うの? だってほら、そこに……」

 そこ、テーブルの陰、とイヴェールが指をさす。
 弾かれたように振り返ったメルヒェンの視界に飛び込んできたのは、小さな人影。
 イヴェールに酷似した容貌を持った幼い子供が、メルヒェン自身と寸分違わぬ形の洋服に身を包んで、そっとこちらの様子を窺っている姿だった。




12.04.01 

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