※現パロです(設定はこちら) 「イヴェール……っ! さすがに今日は、」 すでに明かりの落とされた寝室を、サイドボードに置かれたスタンドライトが頼りなく照らし出している。 ベッドの上で半身を起こしたメルヒェンは、自身に半ばのしかかる形で四つんばいになっているイヴェールをたしなめるように押し遣った。 しかしイヴェールの身体はびくともしない。 「今日は、なに?」 イヴェールはゆったりとした調子で問いかける。 無邪気な笑みを浮かべている分、余計にたちが悪い。 天衣無縫な言動は彼の魅力には違いないが、それに翻弄される方の身にもなってほしい、と憎らしく思うこともしばしばだった。 「『なに?』じゃなくて、退いてくれないか……ここ最近、毎日だろう? 勘弁してくれ、私の身体がもたない」 人間は万年発情期とはよく言ったものだ。性交するために定められた時期があるわけでもなく、いつでも好き勝手に絡み合っている。 別にそのこと自体を批判するつもりはない。自分たちだって例外ではないのだから。 しかし限度というものがあるだろう、とメルヒェンは思う。 どういうわけかは知らないが、数日前からイヴェールはやたらと房事を求めてくるようになった。 メルヒェンの方もちょうど仕事がひと段落したところだったため、最初は特に疑問もなく受け入れていた。 しかし、こう連日だとつらいものがある。 行為の頻度自体は以前からわりと高かったとはいえ、もともとそこまで体力があるわけでもないメルヒェンにはあまり喜ばしい状況だとは言えなかった。 セックスのしすぎで日常生活に支障をきたす、などという愚かなことは避けたかったのだ。 「今日は休ませてもらう。ほら、潔く隣のベッドに帰ってくれ」 もぬけの殻となった空間をぴしりと指差す。 イヴェールのことを愛しているかと聞かれればそれはもちろんだし、求められるのだって悪い気はしない。 だが、メルヒェン自身の体調を一向に省みる気配がないイヴェールに僅かばかり苛立っているのもまた事実だった。 毎夜交わりを欲するような特別な理由も思い当たらない。 ようやく締め切りから解放された身としては、1日くらいしっかりと休息を取りたいというのが本音だ。 メルヒェンは、依然として身を引く様子が見られない恋人を軽く睨み付ける。 怒りを込めて肩先に爪を食い込ませると、イヴェールの身体がぴくりと反応した。 少し力を入れすぎただろうか、ととっさに手を引きかけたところ、ぱしりと手首を掴まれてメルヒェンは驚いた。 「ふぅん……何か今日は強気だね。どうしたの、メル君? 昨日はあんなに喘いでたのに」 「な……っ!」 イヴェールの喉からくすくすと揶揄するような笑い声が漏れた。 彼の身も蓋もない物言いに赤面しているのが自分でも分かる。 昨夜のことが嫌でも思い出されて、メルヒェンはひとり身悶えた。昨夜、といっても正確には今日の明け方なのだが。 昨日の記憶はもはやおぼろげにしか残っていないが、さんざん嬲られて身も世もなく声を上げていたことだけはうっすらと覚えていた。 「――っ……それはこっちの台詞だ! 君の方こそどうしたんだ? 少し考えれば私の主張がごく当然のものだということくらい分かるだろう、君らしくもない」 脳裏をよぎった自身の醜態を打ち消すかのように声を荒げる。 しかしイヴェールの唇は依然弧を描いたままで、手首を掴む力が緩むこともない。 「主張? もっと具体的に言ってくれないと分からないよ」 「さっきも言っただろう! だから……その」 「その?」 先ほどと同じ笑顔で問いかけられて返答に困る。 何のことか確実に分かったうえで聞いているのだから、本当にたちが悪い。 何が彼をそこまで駆り立てるのか、想像もつかなかった。 ただ、彼の性格からして、はっきりと意思を伝えない限りは納得してくれないだろう。メルヒェンはそう確信していた。 あけすけな言葉を使うのはあまり好きではなかったが、この際手段は選んでいられない。 誠意を持って伝えれば彼だって分かってくれるはずだ――縋るような思いで言葉を紡いだ。 「君は……いま、セ、ックスをしたいんだろうが、……せめて数日おきにしてほしい、そろそろ疲労が限界なんだ」 シーツを握り締める自分の指先を見つめながら、何とか声を捻り出す。 極力平静を装いながら喋ろうとしたものの、羞恥心からやはりわずかに語尾が震えてしまっていた。 「別に君のことが嫌いで言っているわけじゃないんだ……頼む、イヴェール」 「……そっか」 部屋が暗いのは幸いだった。 恐らく赤みを帯びているであろう顔をまじまじと見られることがないだけでも、いくらか心持は楽だ。 イヴェールもようやく納得してくれたようで、ふ、と手首の拘束が弱まるのが感じられた。 「ありがとう……イヴェー」 「じゃあ限界までいってみようよ、ね、メル君」 「え?」 これで今晩はゆっくり眠れる、と安堵していただけに、イヴェールの言葉はすぐには呑み込めなかった。 考える間もなくシーツの海に沈められる。ベッドのスプリングがぎしりと悲鳴をあげた。 →next [ back ] 11.06.19 |