藍の帳にとける 3 | ナノ



 緩やかに意識が浮上する。
 どろりと纏わり付くまどろみに後ろ髪を引かれつつ、横臥したメルヒェンは目を開いた。

「う……」

 頭が重い。
 昨日は何をしていたんだったか――そうだ、イヴェールが訪ねてきたんだ。
 薄らともやが掛かったように曖昧な記憶をひとつずつ手繰り寄せるうち、だんだんと眠気も醒めてくる。
 しかし、どれほど唸ってみてもイヴェールがグラスを差し出してからのことは思い出せそうになかった。

(だめだ……何も覚えてない)

 ずきずきと痛むこめかみを軽く押さえる。
 未だ定まらない視線を僅かに彷徨わせると、すぐそばに小さなテーブルが見えた。机上には空のグラスが2つとワインボトルが数本残されている。
 きっとワインに酔って、そのままソファで寝てしまったのだろう。何とも情けないことだ。

 大まかな見当が付いたところで、メルヒェンは急に不安になった。
 というのも、イヴェールに迷惑をかけたであろうことは容易に想像がついたからだった。
 ――とにかく、起きなければ。

 だが、急く気持ちとは裏腹に身体は言うことをきかなかった。
 頭痛のせいもあるが、妙な体勢で眠っていたためなのか首筋が若干強張っている。

 枕代わりにしたクッションが良くなかったのだろうか――いや、そもそもこんな色目のクッションなど置いた記憶はない。
 なら自分は一体何を枕にしているというのか。視界の端に映るそれを眺めたメルヒェンは首を傾げた。
 よくよく見れば、布地自体には見覚えがある気がするのが不思議だった。
 しかし、現在の散漫な思考では正体にたどり着けるはずもない。

(どこで見たんだろう……)

 釈然としないまま寝返りを打つ。

 起き上がるべくのろのろと仰向けになったメルヒェンの目に飛び込んできたのは、まさに今しがた気にかけていた男の寝顔だった。
 ぱさ、と衣擦れの音のした方に目をやれば、見慣れた藍色のコートが自分の体を覆っているのが見える。

「……ッ!?」

 ――意味が分からない。なんでこんな……ああ、落ち着け、落ち着くんだ。

 静まり返った部屋にすう、と寝息が響く。
 倦怠感も何もかも全て吹き飛んでしまった。
 たいして大きくもないソファだ。自分はそれに横になっていて、彼は腰掛けたまま眠っていた。
 つまり、自分がクッションだと思っていたのは。

「ん……あ、おはようメル君」

 できるだけ速やかに、イヴェールを起こすことなくこの場を離れようというメルヒェンの試みは見事に失敗した。
 銀の睫毛に彩られた双眸はしっかりとメルヒェンを捉えている。

「……おは、よう…………あの、」
「あっごめんね、やっぱり寝苦しかった? メル君、昨日ここで酔いつぶれて寝ちゃったから……。手近に枕になりそうな物もなかったし、僕のひざ枕でも無いよりはましかと思って」
「もっ……それ以上言わなくていい……!」

 覇気のない己の振る舞いを見て体調不良でも憂慮したのか、気遣うように伸ばされた手が頭を撫でる。
 本当はベッドまで連れていってあげたかったんだけど、と申し訳なさそうな顔で微笑むイヴェールをまともに見ることができなかった。
 あまりの恥ずかしさといたたまれなさに、本当に顔から火が出てもおかしくないとさえ思える。

「君は僕のことを心配しすぎだ! だいたい、枕なら寝室にあるだろう……っ」

 ――こんなくだらないことを言いたいわけじゃないのに。何よりもまず、迷惑をかけてしまったことを彼に詫びるべきなのに。
 頭では理解しているつもりなのだが、どうしても羞恥心が邪魔をしてしまう。

 もうどうすれば良いのかよく分からないままにイヴェールを見上げると、彼は何とも言えない表情を浮かべていた。
 言うなれば、困惑と驚きと少しの安堵が入り混じったような、そんな顔だった。

「あれ、メル君もしかして昨日のこと覚えてない……?」

 黙ったまま首を縦に振る。
 だよね、お酒入ってたもんね、と呟いたイヴェールが少し、ほんの少しだが落胆したのは気のせいではない、と思う。

「……僕は何をしたんだ」
「あ、べっ別に悪いことしたとかじゃないから気にしないで?」
「頼む。教えてくれないか」

 自分の記憶に空白があるのが不安でたまらなかった。
 イヴェールはああ言っているものの、実際のところどうなのかは分からない。
 彼の優しさは誰よりも自分自身が身を持って知っているのだ。

 これ以上恥を重ねることを思うと憂鬱で仕方なかったが、そんなことを言える立場ではない。
 何より、イヴェールにあんな顔をさせている原因が自分なのだと思うとやりきれなかった。
 ――今度こそ、きちんと謝りたい。

 意を決してイヴェールのベストの裾をぎゅう、と握ると、彼は困ったように笑った。

「うーん、本当にそんな心配するようなことじゃないんだけど……。ほら、メル君すっかり酔っぱらってたじゃない? それで――その、僕をこのソファに押し倒して、……キス、してきて。そのまますぐ眠っちゃったから、あんまり動けなかったんだよ。ごめんね」
「…………!」

 嗚呼、やっぱり聞かなければよかった――今さら悔やんでも遅いのだが、それでもメルヒェンは後悔せずにはいられなかった。
 己の取った行動でこれほどまでにダメージを受けるとは正直思ってもみなかったのだ。

 実際のところ、最後の方は羞恥に耐え切れずイヴェールのコートを頭から引っ被ってしまったせいでほとんど聞いていなかったが。

(キス、っていっても頬に軽く触れる程度なんだけど……これも言った方がよかったのかなあ)

 膝の上で悶絶するメルヒェンを宥めながら、イヴェールは自身の頬にそっと手を当てた。





‐‐‐‐‐‐‐

ひざ枕しつつ相手に自分の上着を掛けてあげるというシチュエーションにはRomanがあると信じて疑わない

イヴェールは本当に身動きが取れなかったのとメルの寝顔をずっと見ておきたかったのと半々じゃないかなと
メル君かわいいなあ、と思いながら頭撫でてたらいつの間にか自分も眠ってた、という感じだととても滾ります…


11.05.15 

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