とても不思議な出来事(ベトメル+α) | ナノ



※ねこの日ネタ
※幸せMarchen みんな仲良く暮らしています
※ヴァルター(ほぼ創作)が登場します




 朝。いつものように身支度を整えるべく眠い目を擦りながら鏡を覗き込んだメルヒェンは、衝撃的な光景を目にすることとなった。

「な……!?」

 なんだこれは。
 鏡に映った自分をまじまじと凝視する。
 髪がところどころ跳ねているのはいつも通りだ。しかし、今日は寝癖のついた頭に見覚えのない三角形のものが2つ生えていた。

(これは……)

 猫の耳、だろうか。
 もしかすると自分はまだ夢の中にいるのかもしれない。そんな淡い期待を胸に幾度か頬をつねってみても、銀灰色のそれらは消えることはなかった。
 おそるおそる触ってみると指先にふわふわとした手触りが伝わってくる。そして不思議なことに、触られているという感覚があった。
 つまりこれは正真正銘、自分の一部なのだ――非常に信じがたいことだが、実際に確かめてしまったのだから認めざるを得ない。
 なぜこんな目に遭わなければいけないのだろう。何か報いを受けるような悪事でも働いたかと思い返してみたが、心当たりなどなかった。

 それはそうと、さっきから腰の辺りがくすぐったい。ふさふさとした、まるで何か動物の毛の束にでも撫でられているような――。
 まさか、と手を後ろにやる。
 どうして嫌な予感ほど当たってしまうのだろう。回した手の先には、柔らかな毛並みを持った尻尾が揺れていた。
 それは耳と同様に感覚があり、また動かすこともできてしまうようだった。

「ど、どうしよう……」

 こんな妙な姿を皆に見られるわけにはいかない。どうにかしてごまかさなければ。
――耳くらいなら、何とかなるかもしれない。

 とりあえず何か被るものだけでも、とメルヒェンはクローゼットを漁る。だが、いくら探したところで買った覚えも貰った覚えもないものが見つかるはずがなかった。
 よしんば目当てのものがあったとしても室内で帽子など被っていては不自然極まりないのだが、今のメルヒェンにはそこまで気を回す余裕はなかった。

「帽子なんて持ってないし……うう、何かないかな……」

 コンコン。
 苦悩するメルヒェンの耳に、ノックの音とともに恐ろしい声が飛び込んできた。想像する限り最悪の事態に、反射的に体が跳ねる。
 それは愛しい、しかしいまは一番逢いたくない人の声だった。

「メル? おはよう、もう起きているの?」

 さあっと血の気が引いていくのが分かった。ああ、なんで今日に限って彼女が訪ねてくるのだろう。彼女が朝食前に僕の部屋を訪れたことなんて数えるほどしかないのに。
 メルヒェンははっとして壁に掛かった時計を見る。針はすでに朝食の時間を指していた。
 いつまで経っても広間に現れないメルヒェンの様子を伺いにくる者がいてもおかしくはない。ないのだが、なぜよりによって彼女なのか。
 ヴァルターあたりならまだ融通が利いたかもしれないのに、とメルヒェンは己の不運をひたすら恨んだ。

「メル、どうしたの? 入ってもいいかしら」
「ごっごめんエリーザベト、僕まだ着替えてないから……!」
「まあそうなの? 今日は寝坊してしまったのね」

 うふふ、メルったら、と楽しそうに笑う彼女は扉を一枚隔てた向こう側に広がっている惨状を知らないのだ。
 まだ髪も結っていないパジャマ姿で猫の耳と尻尾まで生やした自分を見たらどう思うことか。いますぐ窓から飛び降りてしまうのが最良の策なのではないかとすら思えてくる。
 何をしても根本的な解決にならないことは重々承知していたが、それでもこの場はどうにかして凌ぎたかった。

「じゃあ私が見立ててあげるわ、うんと格好よくしてあげる」
「えっ」

 ひとまず去ってもらうには何と言えば良いか、知恵を絞っていた矢先のできごとだった。
 勢いよく扉が開け放たれる。虚を突かれたメルヒェンには制止の言葉を上げるいとまもなかった。


 意気揚々と足を踏み入れたエリーザベトの目に飛び込んできたのは、ぐちゃぐちゃになったクローゼットの前に涙目で佇む最愛の人の姿だった。

「ずいぶん散らかっているじゃない、どうし……」

 怪訝そうに問いかける彼女の声は途中で飲み込まれた。
 今にも泣き出しそうな困り果てた顔でこちらを見るメルヒェンには、どういうわけか猫のものと思われる耳がぴょこんと生えていて。
 おまけに見事な長毛の尻尾はしょんぼりとうなだれている。

「ち、違うんだエリーザベト……けさ目が覚めたらこうなってて」
「きゃあ、かわいい! すごくかわいいわ、メル!」

 何が違うのか自分でもよく分からなかったが、ふいに口を噤んだままこちらをじっと見る彼女の視線に耐えられなくなってわたわたと言い訳を口にする。
 沈黙から察するに完全に嫌われてしまったと思ったので、駆け寄ってきた彼女に力いっぱい抱きしめられて動揺した。

「エリ……ぅ、苦しいよ……! は、離して……っ」

 苦しい以前に、腕や胸板に柔らかいものが当たっていることが耐えられない。恥ずかしさにじたばたともがいていると、ようやく解放してもらうことができた。

「あら、ごめんなさい……メルがあんまりかわいいから、私ったらついはしゃぎすぎてしまったわ」
「い、いや大丈夫だよ――それよりエリーザベト」

 こほん、と咳ばらいをする。

「何かしら?」
「これ……どうやったら上手くごまかせるかな」

 自らに生えた耳と尻尾を示したメルヒェンは困惑した表情でエリーザベトに問うた。
 彼女はなぜかずいぶんと気に入ってくれたようだが、普通の人がこの姿を見れば確実に気味悪がるだろう。誰でも容易に想像がつくことだ。
 しかし彼女はそうは思わなかったらしい。

「なぜ? そんなにかわいいのにごまかす必要なんてないじゃない。そうだわ、お兄様にも見せにいきましょう!」
「ええ!? ちょ、待って、エリーザベトっ」

 ぐいぐいと腕を引っ張られたメルヒェンは、抗う術もないままエリーゼやヴァルター、そして彼女の兄が待つ広間へと引きずられていったのだった。


「お待たせ致しました、お兄様!」

 寝起きのままの姿のメルヒェンを半ば無理やり連れて広間へと入ったエリーザベトは、声高に兄へと呼びかけた。

「お父様と呼べ、と言っているだろう……まったく、いつまで待たせるのだ」

 広げていた新聞から顔を上げた彼は、億劫そうに2人を一瞥する。

「……メルヒェン君、着替えもせずに朝食の席に着こうとは一体どういう了見なのか聞かせてもらおうか」
「す、すみません! ちょっといろいろあって……」
「もう、そんなことはどうでもいいじゃないですかお兄様。それよりメルをよく見てください、かわいらしいでしょう!」

 恐縮するメルヒェンを尻目にエリーザベトはとても生き生きとしている。興奮に頬を紅潮させた彼女は、ほら、と言ってメルヒェンの背中を押した。
 力強く押されるあまり少々よろけながら一歩前に出たメルヒェンは、おずおずと彼女の兄の顔色を伺う。
 突っ立っているメルヒェンを改めて注視した彼が新聞を取り落とすのに、時間は掛からなかった。

「…………仮装パーティーにでも出席するつもりか」

 さすがの彼も、そう返すのがやっとだったらしい。
 なぜエリーザベトはこんな男を、と苦虫を噛み潰したような顔で呟く彼を見ていると心底申し訳なくなってくる。

「……そっ……そうなんです! 朝からふざけて本当にすみませんでし」
「お兄様? なにを言っているのですか、メルの耳と尻尾は本物です! 嘘だと思うのなら触ってみてくださいな」
「わあああ! わざわざばらさなくてもいいじゃないかエリーザベト!」

――せっかくごまかせそうだったのに……!
 ふわふわでとっても気持ちが良いのですよ!と力説する彼女の口を塞ぐことができるのなら、後でどんな代償を背負ってもかまわないと思える程度には恥ずかしかった。
 自分によりいっそう好奇の目が突き刺さるのを肌で感じる。

「アラァ、メルッタラ猫ニナッチャッタノ? デモヨク似合ッテルジャナイ、サスガ私ノメルメルネ!」

 興味をそそられたらしいエリーゼがちょこちょことこちらに寄ってきた。キャハハ、と笑う彼女もまた楽しそうである。

「ネェメル。『ソレ』、私モ触ッテミタイワ!」
「なら私が抱っこしてあげるわね」
「わ、わ、くすぐったいよエリーゼ……っやめ、ひゃあぁ!」

 エリーザベトに抱き上げられたエリーゼが、猫耳や尻尾をここぞとばかりに触り倒してくるので堪らない。
 想像していたほど気味悪く思われなかったのは幸いだが、これでいいのかと問われれば確実に違うだろうとメルヒェンは思った。


 広間が何やら和やかな雰囲気に包まれるなか、きゃっきゃとはしゃぐ女性陣の餌食となったメルヒェンを呆れた目で眺めていたエリーザベトの兄はしかし、メルヒェンの耳と尻尾がしっかりと動いているのを見逃さなかった。

「おいヴァルター」
「はい、なんでしょう」
「お前、アレをどう見る」
「……本物かと。俄かには信じられませんが」

 やはりお前もそう思うか、と諦めたように漏らした彼は深い溜め息を吐いた。

 おおかた馬鹿娘のくだらない悪戯か何かだろう、とまともに取り合う気はなかったのだが、見る限りでは彼女が嘘をついているということはなさそうだった。
 ただでさえ一文無しで出身も不明だというのに、その上面妖な耳と尻尾まで生えてくるような男のどこがいいのか。誰がどう考えたところでプファルツ伯の方が婚姻の相手としてまさっている。そんなことは比べるべくもない。
 我が娘ながら本当に痴れ者である。

「おいヴァルター」
「はい、なんでしょう」
「いまの彼に着られるような服はあるのか」
「はあ……とりあえず、彼のズボンと下着にあの尻尾を出す穴を開けて差し上げれば支障はないかと存じますが」
「……給仕が終わったらさっさと開けてやれ、いつまでも寝間着のままでうろつかれては見苦しいからな」

 かしこまりました旦那様、と恭しく頭を下げるヴァルターまでどこか楽しそうにしていて苛々する。
 秩序も何もなく戯れている彼らを手際よく席に着かせるヴァルターを見て、エリーザベトの兄はもう一度大きく息を吐いた。




11.02.22 

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