あくまで果てなき純情(冬闇) | ナノ



「君は本当に甘い物が好きだな……」

 半ば呆れつつ言葉を漏らす。
 彼が手土産にと持ってきたミルフィーユは、小気味よい音を立てながら既に半分ほどが彼の胃の中に消えていた。

「ふぇ?」
「ああ、いくらでも待つからゆっくり味わってくれた後で構わない」

 何か言い掛けたらしくパイ生地のかけらを口の端に付けたままもごもごしている彼を制止して、傍らにあったティーポットを手に取った。蓋を軽く抑えながら傾けると、湯気とともに漂う柔らかな香気が鼻腔をくすぐる。
 紅茶を一口含んだ辺りで、彼はようやく落ち着いたそぶりを見せた。

「だって、おいしいじゃない」

 にこにこと毒気のない笑顔を向けてくる彼はまるで砂糖菓子のようだ。あどけない子供にも通ずるものがあるその表情を見ていると、どうも調子を狂わされてしまいそうになる。

「メル君は甘いの嫌いなの?」
「いや、そういう訳ではないが……」

 自分の皿に取り分けられた物にフォークを入れる。綺麗に飾り付けてあるそれを小さく切って口に運ぶと、カスタードクリームの甘みと一緒に果物の酸味が広がった。

「どう、おいしいでしょ? 姫君たちの自信作なんだよ!」
「確かに、よく出来ている」

 実際それは自信作というだけのことはあった。とても素人が作ったとは思えない出来映えに感服する。
 自分が褒められた訳でもないのにずいぶんと誇らしげな彼は、やがていそいそと残りに手を付け始めた。ここまで喜んでもらえれば彼女たちも作りがいがあるというものだろう。

 そんな彼の姿につられて二口、三口と玩味するうち、ふと彼の手が止まっていることに気づいた。もう食べ終わったのかと皿の方に目を遣ったが、まだミルフィーユは残っている。
 不思議に思って顔を上げると、思い切り目が合ったため少々たじろいでしまった。

「……イヴェール?」

 どうしたんだ、という問い掛けに答えるでもなくこちらをじっと見ていた彼は、椅子を鳴らして立ち上がったかと思うとずい、と身を乗り出してきた。
 あまりに急なことで身動き出来ずにいると、ほどなくして頬の辺りに温かく湿った感触を受けた。ペろりと頬を舐め上げたそれはそのまま唇をこじ開けて口内に入ってくる。

「……っ、ん…………!」

 輪郭を包むように添えられた両手のせいで抵抗することも儘ならず、僅かに上を向かされたまま突然の口づけを享受するほかに道はなかった。

 最後にちゅ、と軽く唇を重ねて離れていった彼は、数分前と何ら変わらない笑みを浮かべて向かいに座っている。

「そこ、ほっぺのところに生クリームついてたからもったいないなあって思って」

 もう、おっちょこちょいだなあメル君ってば、と笑う彼に悪びれる様子はない。

「そ、そういうことは口で言ってくれないか……!」

 だいたい君だって口の端に食べかすを付けていたじゃないか――そう反論したかったが、羞恥心でそれどころではなかった。顔が熱くなっているのを嫌でも自覚してしまい、今すぐ走って逃げたい衝動に駆られる。
 しかし彼の方は何とも思っていないらしい。こちらの心情などお構いなしに話しかけてくる。

「そういえばさ、さっきの話の続きがまだだったよ」
「話……?」
「そう、なんで僕がよく甘いお菓子を食べてるのか教えてあげようと思って」

 言われてみれば確かにそういう趣旨の話をしていた気もする。あんな恥ずかしい行為をされた今となってはすっかり頭の隅に追いやられていた話題だったが、気が紛れるならこの際もう何でも良いとばかりにとにかく記憶を辿った。

「……美味しいからだと自分で言っていただろう」
「まあ勿論そうなんだけど、それだけじゃないよ」

 どうやら単に好みの問題という訳ではないらしい。なら一体何だというのか。
 ちょっとした好奇心から続きを促すように彼を見つめると、皿に残された最後のひとかけらにさく、とフォークを突き立てた彼は顔を綻ばせて言った。

「君とキスするとき、甘い方がいいでしょ?」

 舌の上には、口移しで絡められたクリームの甘みが今なお溶け残っていた。




11.02.04 

title:空想アリア 
theme:確かに恋だった 

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