快楽主義者(王子闇) | ナノ



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 ひゅうひゅうと、まるで木枯らしが吹いているようだ。切れ切れに紡がれるその音は、男の耳を愉しませるには充分な響きを持っていた。

「あ……ぁ……かは、っ……」
「嗚呼苦しいんだね、ごめんよ。でも君はもう死んでいるんだから死んだりしないだろう?」

――なら大丈夫だ、何も心配は要らないよ。

 何処か矛盾した言葉が、うっとりと呟かれる。
 喜色を満面に湛えた男の下では、ところどころ銀髪が混じった黒髪の青年がもがいていた。
 苦悶の表情を浮かべる彼の顔は蒼白で、目尻からは引切り無しに透明な雫が零れ落ちている。それでも、彼の喉笛に食い込む指は容赦しない。


 何かに憑かれたかのように組み敷いた青年の首を絞め続ける男は、淫蕩な面持ちで腰を突き上げては歓喜に満ちた溜め息を漏らしていた。

「あ、ぁあ……きもちいいよ、メルヒェン、める、」

 メルヒェン、と呼ばれた青年の衣服は見るも無惨に暴かれており、後ろ手に組まれた両腕は鎖に絡め取られている。男の双肩に乗せられた両脚が戦慄く様は、彼の受けている堪え難い苦痛を如実に表していると言えた。
 鎖の擦れ合う金属音に混じって、粘ついた音が辺りに響く。

「すごい、締め付けだ……君も、っあ、悦んでいるのかい?」

 ふふ、かわいいね、と男は頬を上気させて微笑む。

 嫌だ、痛い、苦しい、やめて――そう懇願することすら叶わないメルヒェンは、ただひたすらに首を横に振った。
 だが、半ば無意識の内に力無く繰り返すその行為も、ぱさぱさと髪を揺らすだけで何の意味も持たないのだと心の奥では分かっていた。経験上、こうなってしまっては自分が意識を手放すまでこの行為は終わらない。
 しかし、早く楽になりたいと願っても下肢に走る鈍痛がそれを許さなかった。内臓を掻き回され、根こそぎ引きずり出されるような嫌悪感に思わず吐き気が込み上げる。

「ああ、君は本当に、すてきだ……」

 揺さぶられる度、身体中がぎしぎしと軋んでいる錯覚に陥る。あるいは本当にそうなのかもしれない。強張った身体は、どこもかしこも酷く痛んだ。
 もやが掛かったかのように霞む視界の中、自らの喉の奥から上がる引き攣れた呼吸音と耳障りな水音だけが思考を支配する。

「っ、う……ぁ、メルヒェン……っ!」

 彼の声が幾分震えると同時に、絡み付いた指から伝わる圧迫感が一層強まるのを感じた。息が、できない。

 ぶつ、と視界が暗転する。
 体内に熱い飛沫が流し込まれるのを感じながら、メルヒェンの意識は深い闇の底へと沈んでいった。



 無気味に静まり返った森の中、陶酔醒め遣らぬといった状態の男はふと動きを止めた。
 細い吐息がいつの間にか聞こえなくなったことに気づき改めて青年に目を向けると、彼は糸の切れた操り人形のようにその身を投げ出していた。喉元に回していた手を離してみても、何の反応も返ってこない。

「なんだ、気を失ってしまったんだね……道理でさっきから緩いと思った」

 誰に憚る訳でもないが、密かに息衝く。
 にちゃ、と湿った音を立てながら自身を抜き去ると、ぐったりと横たえられた躯が反射的にびくりと跳ねた。塞ぐものが失われた後孔からは、先刻注いだ欲がとろとろと溢れ出している。

 手折れそうなほどにほっそりとした白い首には、くっきりと残る青黒い痣。両腕をきつく戒めていた鎖を解いてやれば、似たような鬱血痕が下膊の辺りに幾重にも広がっていた。

「可哀相に……こんなに跡が残って、」

――早く消えるといいね。だってせっかくの君の美しさを損ねてしまうもの。仕方ないけど、セックスはまたしばらくお預けかなあ。

「愛しているよ、僕の理想の花嫁」

 冷えた躯を愛おしむように撫でる男は満足そうに唇の端を吊り上げる。誰の耳にも届くことのない睦言は、ただ夜陰に吸い込まれ消えていった。






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“首を絞めれば 締まるに決まってるじゃない”
このフレーズから膨らんでしまった妄想の産物でした

11.02.01 

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