※捏造年齢操作有り




夜のにおいがするねと彼が言ったのと俺の視界に一番星を見つけたのはほぼ同時だった。橙と紫に染まる空にひとつだけぽつりと白く輝くその様は夏の夕暮れと同じ儚い気だるさを思い出させる。ぽっかりと身体の中心に穴のあいたような気分であった。
俺は決して夜が嫌いではないはずなのに、夜のあの独特のにおいというものだけが堪らない。夜のにおいの中になにか懐かしいものの気配を感じて、すると俺の好きな夜は急にその心地好い息遣いを止めた。夜の薄闇の中で、誰かがしきりに俺を呼んでいる。そういういたたまれない気分になった。

「白竜」

不意に名前を呼ばれて、ぴくりと肩が跳ねた。鮮やかなオレンジの髪を揺らしながら、彼がもう一度俺の名を呼ぶ。早く帰ろう、夜のにおいがしてきたよ。そうしてまた二人雷門からの薄暗い帰路を辿る。微かに夜のにおいが漂ってきた。白竜、白竜、と背後に迫る薄闇の中で夜色の少年がしきりに俺の名を呼んでいる気がした。

∴帰路 雨宮と白竜




夢をみる。ひたすら真っ暗な夜の闇に、探し物をする夢。なにを探しているのかはわからない。けれど、それは決して失くしてはならないなにか大切なものらしかった。証拠に俺は今日も蒲団の中で一生懸命に探し物をしている。見つからない。
なにを探しているんだい、と不意に背後から声が聞こえた。あたりは真っ暗で、なにも見えない。声の主も見えないけれど、感じからしておそらく俺よりずっと年下であることが窺えた。なにを探しているんだい。わからない。わからないのに、探すのかい。うん、だって大切なものなんだ。でも今わからないって言ったじゃない。でも大切なものだよ、とっても。ぽとりと背後で小さな音がした。少年の気配はしない。いつもみたいに手探りでその音のしたところまでいくと、ちょうど少年のいたであろうあたりでなにかが手に触れた。拾ってみれば、それは橙色の少しばかり汚れたミサンガだった。
あれから俺はあの夢をみない。おそらく二度とみることはないだろう。あの少年の探し物は見つかったのだ。

∴暗中模索 大人天馬




おやすみと囁くももう声が返ってくることはなかった。彼は果たして幸せになれたのだろうか。それはいくら考えても所詮僕にはわからないことだ。
不眠気味の僕をいつも心配していたクセに、自分のことになるとどうして眠れないんだろうねと笑って誤魔化すようなひとだった。もうどうしても眠れないものだから、きっともう彼は眠らないのだろうと勝手にたかをくくっていたのがいけなかった。気づけばあんなに眠れないと笑っていた彼はもう誰の声も届かぬ夜の中に眠り入ってしまっていた。少し寂しい気もするけれど、今は素直に君の安眠を祈ることにしよう。おやすみなさい、どうかやすらかに。

∴RIP(安らかに眠れ) フェイ




もう、眠ってもいいかい。もう、許してくれるかい。きっと君は柔らかに笑って、頷くだろう。本当はずっと前から眠れたものを知っていながらなかなか眠らなかった僕を、きっと君は笑って許してくれるだろう。ずいぶんと待たせてしまった。もう一度夜が来る前に眠ってしまおう。そうして、夢をみよう。そよ風のような少年のこと、未来の子どものこと、それから眩しいくらいの少年と過ごした、二度目の青春のこと。次に目が覚めたときにはきっと彼女の少しだけ怒ったような笑顔とまみえることだろう。待たせてごめん、今いくよ。



惜夜記









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