柔らかな陽射しのカーテンの隙間から差し込むのに目を覚まして、それから隣でしんと眠る彼を見つける。彼を起こさぬよう細心の注意を払いながらきしりと僅か軋むスプリングを睨み心地好いベッドをあとにして、階段をゆっくりと降ってゆく。顔を洗って着替えたら、腰までも伸びてしまった真白い髪を赤い髪止めで縛る。鏡の中のアルビノと目があった。今日が、始まる。




ことことと小さな赤い鍋で二人ぶんのコーンスープが煮えたぎっている。焦げ付かないようにぐるぐると適当にかき混ぜながら、その右側からトーストの香ばしい匂いが漂いはじめた。大抵彼は、このトーストの焼きあがる頃にリビングへ降り立つ。まったく彼は寝坊助なのだ。じゅううとベーコンの焼ける音、俺の卵を割る音。爽やかな朝なんてそこにはなくて、騒がしい仄かな幸せばかりが漂っている。恵まれている。

「おはよう、白竜」

そこに漸く彼が降りてきた。同時にトーストが焼きあがる。ほら、言った通りだろう。

「おはよう、寝坊助」

用意していた赤い皿に、ピンクの少し焦げたベーコンと白い卵は半熟でちょこんと盛り付ける。つまみ食いしようかと彼の腕が伸びてきたので持っていた木べらで叩き落としてやった。不服そうな彼に顔を洗ってこい寝坊助と言えば、僕は寝坊助じゃないよとすかさず反論が返ってくる。そういうところばかり雄弁で、だがしかし欠伸しながらそう言われたってなんの説得力も持たないのだ、寝坊助。


朝の食卓にはいつも同じメニューが並ぶ。トーストとベーコンエッグとコーンのスープ。俺のぶんと彼のぶん、いつも対に並ぶ。この光景は、わりと好きだ。そう言うと彼は新婚さんみたいだねと笑うけれど、どちらかと言えば長らく連れ添った熟年夫婦の方がしっくりくるだろうと俺はいつも思っている。もちろん彼も俺も男であるので、実際そうした関係を築くことが出来ないとは幼い頃からすでに分かりきっていたことだ。今さらもなにも、どうにも思いやしない。

「シュウ、冷めるから早く席に座れ」
「はあい、あ、珈琲でいいよね」
「ああ」

珈琲というものが飲めるようになったのはつい最近のことだ。彼が好きだと朝食時に飲むので、わざわざ他に淹れて飲むのもまた面倒だと思い飲みはじめた。だから好きかと聞かれれば、まあ、好きではない。飲めると言ったって、彼の淹れたものに白砂糖をざらざらざらざら溶かし込んだものだけなのだ。あまり健康的とは言えないが、しかしなかなかどうして気に入っているものでもう暫くやめる気はない。ざらざらざらざら、真白い粒が真っ黒な汁に溶けて消える様は宇宙のようだ。

「どうだシュウ、美味いだろう」
「うん、とても」
「当たり前だな。でも、まあ、よかった」

美味しいと微笑みながら、彼はたいして上手くもない料理を残さず平らげてくれる。その度に俺は、いいやつだなあと、満たされているなあと感じるのだ。穏やかに、優しさばかりがじわじわと俺を蝕む。シュウに侵されてゆく。

「今日のジャムはブルーベリーだ。目にいいらしい」
「目にいいって…君、目悪かったっけ」
「いや全然。今のはただの豆知識」
「なるほど」

毎朝テーブルの真ん中には小さなジャムの瓶が置かれている。もちろん飽きてしまわないように、日替わりだ。だから今日は濃い紫色の小瓶がその真ん中に居座っているわけだ。ブルーベリージャムの小瓶。
このジャムが、実は毒入り。お伽噺の魔女がぐるぐるかき混ぜているような、ぼこりぼこりと泡立つあの鍋から取ってきたような、そんなどろどろのぐちゃぐちゃの毒が混ぜ込んであるのだ。いつも通りの穏やかな食卓で愛しのひとが突然死したら、それはなんて面白いことかしらと思ったこと、あるだろう。

「猫を飼いたいな」
「また、突然に」
「うさぎでもいい」
「まあねえ、いいかもね」

どろり。香ばしい匂いを放つトーストに紫色のそれがひろがる。甘酸っぱいブルーベリーの匂いと、それから少しの不穏な香り。彼は早々にベーコンエッグをのせてトーストを平らげていたから、これはもちろん俺のぶんだ。彼はあまり甘いものを食べないので、食べるとしたら俺に付き合ってお茶するときくらいであって、だから彼がジャムを使うことはほとんどない。第一彼はもう生きていないわけだから、毒なんて入ってたって関係ないわけだし。

「いっそ金魚とか」
「それはまた極端だね」
「そうだろうか」

たっぷりと紫色のそれを塗り込んだトーストを持ち上げる、ぼたぼたと有り余ったそれが端から赤い皿にこぼれ落ちる。目に痛い色合いだなあと頭のどこかで思いつつ、目の前のトーストに噛り付いた。どろりどろり、一口のトーストをゆっくりと咀嚼して、瞬間、彼の優しい侵食とは正反対の暴力的な狂気が身体中に駆け巡る。あとのほんの一瞬で、彼は目の前の愛する俺を失くすのだ。お可哀想に。
なにが不満なわけもなく、それはそれは幸せに生きている。シュウに愛されている、一緒に居られる、一緒に食卓を囲める、なんてささやかで仄かな幸せ。世界中の人間が求めるのは結局、こういったことなのだ。俺は満たされている、恵まれている。それと言ったら、計り知れないくらいに。
だからこそ余計に、そのいつも通りの幸せの中で俺がなんの前触れもなく突然死したら、ほら、その様のなんて面白いことか、なあ。そういうわけなので、それではさよならまたいつか。シュウ。

「そのジャム、とても綺麗な色をしているね」
「当たり前だ、なにせ俺が昨日作ったのだからな」
「へえ、じゃあ僕も食べてみようかな」
「ああ」

なんちゃって。こうして毎朝飽きずにそんなくだらない空想をするくらいには、俺は恵まれている。



くうそうへき



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ほかにも突然お隣が爆発して巻き込まれるとか、知らないひとに刺されるとか、白竜さんは忙しいひとです。全部シュウさんの目の前で起こる設定のあたりが彼なりの愛かもしれない





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