恋人と言うと一見その響きはいいかもしれない。時々意見をぶつけながらも優しく流れる時間に身を起き、温かな感情に包まれる、一般的な恋人のイメージにおそらく一番近いだろうものだ。彼ら彼女らは知らないのだ知ろうとも思わないのだ、現実はそう、甘くない。
たとえばそうだね、今の僕みたいに、相手の考えていることがまったくもってわからなかったとしたら。


世間一般に恋人と定義されるだろう彼が最近なにやらそわそわしているのは紛れもない事実だ。普段から特別働き者であった彼を見て、僕以外の人間はそう彼の変化に気付くことはないだろう。ただなにより僕は彼を心から愛しているわけで、そんな僕が彼の変化に気付けないはずがない。たとえばソファに座っているときの彼の距離がほんのちょっとだけ遠くなったとか、僕の椀に装われるご飯の量が多少増えたとか、それからいつにも増して忙しなく動き回っているとか。とくに三者は顕著であって、僕もまた落ち着いているとは言い難い性格なのだが、そんな僕から見てももう少し休みをとったらどうなのかと心配になるくらいには日がな一日動き回っているのだ。ひどい日にはご飯時と就寝時くらいしか彼と同じ空間に存在出来ていない気もするような、とにかく最近の彼の動きは異常なくらいに忙しなかった。

松風天馬はとてもいいやつだ。僕の大切な友人である。ただひとつ難点をあげるなら、楽天的なこと。それから行き過ぎた素直もやっぱり世間を渡るうえであまり喜ばしくないものだから、先ほど難点はひとつと言ったことを訂正するとしよう。少々難点はあるが、松風天馬はとてもいい友人だ。さてここで一般論のはなしになるが、恋人や進学やなんでもひどく悩んだときはやはりそうした友人に相談するものだろう。僕もまあその広い世間一般ってやつの輪の中にいるわけだから、ここまでくればもう勘のいいひとはわかるんじゃないかな。僕は最近の彼の様子を天馬に相談し、そして真っ向から叩き斬られたのであった。倦怠期じゃない、御愁傷様。先ほど彼を少々難点はあるがいい友人だと言ったこと、訂正させてほしい。彼はなかなか肝の据わった難点の塊とも言える大切な友人だ。

さて友人は宛てにならなかった、けれど僕は彼を好いているわけで是が非でも別れたくなんてない。別れ話でも切り出された日には涙で世界を沈めることになるだろう、言っておくがこれは冗談やなんかではない。本気だ。それはともかくとして、とにかく僕は彼を心から愛しているわけで、そうするとやっぱり最近の彼のよくわからないのはつらいものがあるのだ。ワンダバはもとより大切な友人である天馬も頼りにならなくなった以上、僕は自分で行動を起こさなければならないのだ、必然的に。

「アルファ」

また今日もせかせかと忙しなく部屋中を動き回っている彼を呼び止める。無表情に振り返った瞳が、はやく要件を済ませろと無言の圧力を掛けてきた。

「…最近の君は絶対におかしい、絶対に」

薄紫のシンプルなエプロンを揺らし、彼の無表情に僅か動揺の色がうつる。さらさらと細い髪の毛と同じ色のエプロンは彼にとてもよく似合っていると思った。

「僕は一生懸命君の恋人でいたい。だから、もしなにかあるなら、ちゃんと言ってほしいんだ」

ねえ、お願いだよアルファ。
そうして泣きつく勢いでそう訴える僕に、ついに彼は無表情を崩し困惑したように眉を寄せた。彼の言葉をじっと待つ。ありふれた表現ではあるが、たしかに小さな沈黙は永遠のようにも思えた。

「私は、ただ、き、………したくて」

小さな小さな声だった。空気を震わすのではなくさらりと撫で過ぎるような、それほど小さな声だった。ただ愛しい彼の声を僕が聞き逃すはずがない。しかしなるほどそういうことだったのか、なんて流せるわけもなく、ひとつ屋根のしたじっと不自然に見合わせたままふたり仲良く茹だってしまったのだった。



砂糖菓子みたいに甘くない



----------
ランナーさまに捧げます!
フェイアルでキスしたいアルファちゃんとのことでしたが如何だったでしょうか。書き直しなどいつでも受け付けておりますのでどうぞ言ってやってくださいませ!
この度はお祝いの言葉に素敵なリクエスト有り難うございました。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -