いつもそうだ。いつもいつも唐突で我が儘で意地っ張りで、昔から振り回されてばかりだった。なのに本人はさも当然のようにしているものだから、ほんと、腹立たしいよな。 「晴矢、海に行こう」 きっかけは風介のこの一言だった。夜も深まりそろそろベッドに入ろうかとしていたその時、なんの前触れもなく勢いに任せてドアを開け放った風介は、やはり当然だとでも言うかのようにそう言い放ったのだ。そのまま呆けている俺の腕をひっ掴んで歩き出した風介は、録な荷物も持たないままの俺をほぼ無理矢理電車に押し込んだ。暴漢かよ。夜の電車は昼間のいつも見るそれと違って空いていた。普段ぎゅうぎゅうに苦しく感じる車内はいやに広く冷房が肌を刺激する。それと同時に俺たちみたいな若いのが二人きりで夜中の電車なんかにいるものだから、周りの(といっても酔い潰れていたり居眠りしているのがほとんどなものだから、少ない中でもさらに少ない人数ではあった)やつらの視線もちくちくと突き刺さった。居心地の悪いったらありゃしねえ。ただ隣で腕を組んでまっすぐに向かいの窓のそとばかりを見つめる風介にはまったくもってこれっぽっちも、効かねえみてえだけど。車内の明るさでいよいよなにも見えないそとの景色なんか眺めて、なにがそんなに面白いんだかな。それよりほぼ無言のままなんの荷物も持たず、ジャージ姿のままで連れ出されたお前の隣のやつの方が、ずっとずっと面白いんじゃねえの。なんて、そとの景色がよく見えねえからなかなか実感ないけど、電車に揺られながら思ってももうどうにもならないか。ガタンガタンとリズムよく枕木を踏み砕きながら進む音が、普段より数段いやに耳についた。 どこからと言われれば、全体から。そこはまるで世界のすべての唸り声を吐き出しているようだった。ざざあ、ざざあと唸る真っ黒でそれこそ地球と変わらぬ巨大な怪物が、少しずつ少しずつ浜辺を食らう音がする。夜中の、それも街灯すらないようなこんな場所にいきなり人様を連れ出すなんてさ、こいつ頭大丈夫かよ。月明かりにようやく浮かび上がった風介の、それにしては不釣り合いにぎらぎらと光る瞳と目が合った。ぎくり、背中をなにかが駆け抜ける。あーあ、こいつ、こうやって黙ってりゃ少しばかり哀愁ある綺麗な顔してんのにな。静かに波打ち際を見つめる風介に倣って、肩をすくめながら俺もそうすることにした。 どれくらいの間電車に揺られていただろうか。どこに行くのかと俺があまりに喚くものだから、風介は面倒くさそうに眉を潜めながら一言、人々の終点の先のそのまた先のずっと先だよ、と言った。意味がわかんねえちゃんと答えろ、とさらに喚く俺に、しかし風介はただ一言それを言ったきりなにも話そうとはしなかったので俺は仕方なく諦めてガタゴトと電車に揺られたのだった。はていったい終点の先のそのまた先のずっと先とはどういう意味だろうか。そう思いつつも、ガタゴトとやけに煩い電車に揺られているうちに、風介のその言葉の意味がなんとなく理解出来た。 ここは電車の終着点だった。無人の、寂れてしまった駅。疲れた顔のやつも酔い潰れたべろんべろんのやつも、みんなみんなその前のそのまた前のずっと前の駅で降りてしまっていた。確かに俺たちは人々の終点の先のそのまた先のずっと先に来ていたのだった。 「この、」 不意に風介が小さな声をこぼした。それは普段の唐突で我が儘で意地っ張りで無理矢理な風介の声からは予想もつかないような、小さな小さな声だった。 「この景色を、君と見たかった…晴矢、と」 じっと波打ち際を見つめるぎらぎらとおかしなくらい月明かりに輝く瞳はさっきと変わらないまま、ただそっと繋がれた手のひらだけがひどく熱くて。その熱は手のひらから腕に、腕から今度は身体中に、じわじわじわじわと広がっていく。 「あ、あ…」 ついに熱くて熱くて仕方のなくなった身体で無理矢理口を開けば、なんとも間抜けな声が出ていた。 風介がこの浜辺のどこにそんなに惚れ込んだのかはわからない。それくらい普遍的な浜辺だった。それをべつになんの変哲もないただの浜辺だと言ってしまえばそれまでだし、実際つい今まで俺もそう思っていた、のに。それでも風介の言葉で急にこの浜辺が特別なものに思えてきたのだから、俺もだいぶだよなあ。ふと見た横顔は、月明かりにもはっきりとわかるくらい真っ赤に染まっていた。 いつもそうだ。いつもいつも唐突で我が儘で意地っ張りで、昔から振り回されてばかりだった。なのに本人はさも当然のようにしているものだから、ほんと、腹立たしいよな。それでも、その強引でどうしようもないやつが恋人でよかったなんて思うんだから、なんつーか、まあ、いいんじゃねえの。 終着点のその先へ ---------------- 竜巻さまに捧げます!遅くなってしまい申し訳ありません。 風晴で海、照れる晴矢とのリクエストでしたがいかがでしょうか…。これは…晴矢があまり照れてませんね…照れてませんね…!すみませ…いくらでも書き直しいたしますので、お気軽に仰ってくださいませ…! それでは、この度は企画にご参加いただき有り難うございました! |