※恋人シュウ白 とても意外なことだった。普段から人に弱味を見せない、とても自分に厳しくまた他人にも厳しい人で、とても高いプライドを持って常に頂点にあるような人だったから。真っ向から壁に向かって走って行くような、僕とはまるで正反対の彼のことだ、てっきり彼には弱味なんてないものだと決めつけていた。 「うっ…げほ、っは、はあ、」 「…大丈夫?」 「はあ、は…」 全身から水を滴らせ、苦しそうに縮まった背中が必死に酸素を取り込もうと激しく上下する。背中をゆるく擦りながら、時折あやすようにとんとんと叩いてやった。 「…ね、本当に大丈夫白竜?」 「ま、ちょ、っと、けほっ…ま、て…!」 未だ息を整えることが出来ず、いかにも苦し気な声を絞り出した彼は、もとから縮まっていた身体をさらに小さく丸めた。なんだかまるで、地面に伏せって泣いてるみたいだ。あまりに苦しそうに咳き込むものだから心配になって彼の顔を除き込めば、涙の膜にきらきら輝く悔しげな色の深紅と目が合って、反射的に顔をそらした。こんなときに綺麗だなんて思うのは、さすがに不謹慎だよ。 「…もう大丈夫?」 「あ、あ…なんとか、な」 たっぷりの時間を要して、彼は漸く息を整えることに成功したようだった。しかしずっと咳き込んでいたせいだろうか、普段威勢の良い彼の声は、凛とした響きを残しつつ、今や弱々しく頼りなく震えている。小さく揺れながら酸素を取り込み続ける彼の肩を抱き寄せると、プライドの高い彼にしては珍しく素直に寄り掛かってきた。珍しくと言うか、たぶん、初めてなんじゃないかな。彼は本当に自分に厳しいひとだから。 「なあ、」 小さく頼りのない、それでいてどこか凛とした透き通る声が空気を震わす。少しの間迷うように視線をさ迷わせて、先ほどからずっと涙の膜のきらきら輝く深紅の瞳を僕に向けた。 「その…、みんなには、言わないでいてくれないか」 「えっと…ああ、君が溺れてたこと?」 そうなのだ、どうしてかとわざわざ理由を詮索するつもりもないが、僕が彼を見つけたとき彼は川の浅瀬で必死に手足をばたつかせていた。はじめ白竜も冗談なんてするもんなんだなと軽く見ていたのだが、どうにも様子がおかしいことに気付き彼を引き上げ今に至る。足でもつったのだろうか。 べつにあんなの気にする必要ないのに、と続けるも、彼にとって溺れたという事実はよほど恥ずべきものなのか、真っ赤に染めた顔を俯けてしまった。 「そ、そうじゃないんだ」 「え?」 ぐにぐにと気まずそうに柔らかな両手の指を無意味に動かしながら、ぼそぼそと彼が続ける。 「…俺、カナヅチなんだ」 だから、溺れたのはたまたまじゃなくて、だからその。 そこまで一気に捲し立てた彼は、突然電池が切れたように黙ると、そっとした動きでゆっくりと丸く縮こまる。折り曲げた膝と腕の間に顔を埋めた彼は、小さく「恥ずかしい」と呟いた。思わない素振りに自然と口角が緩む。喉のすぐそこまで押し寄せてきた笑い声を、なんとか圧し殺した。 「大丈夫だよ白竜」 「…だが」 「なんでも出来る人間なんてこの世にはいないさ」 しかし、と困ったように叫びながら顔をあげた白竜の、乾ききらずにいくらか水滴の残る頬に口付ける。 「それに、たまには守らせてほしいんだもの」 声ともつかない音を溢しながら耳までいっそう真っ赤に染めて呆ける白竜に、圧し殺していたものが込み上げる。くすくすと肩を揺らして笑うと、弱々しくばかと呟いた彼がぽすんと軽やかに僕の肩に顔を埋めてきたので、世の中本当に意外なことなんていくつもあるものだなあと思いつつその背中を再度擦ってやるのだった。 水底の紅 ------------------ 甘口さまに捧げます!遅くなってしまい申し訳ありません!シュウ白でかなづち白竜とのリクエストでしたが、いかがだったでしょうか。 シュウ白連載も見てくださっているようで本当に嬉しい限りです。優しいお言葉、本当に励みになります、有り難うございます…! いくらでも書き直しなど受け付けておりますので、なにかございましたらすぐに仰ってください!この度は企画にご参加くださり、誠に有り難うございました! |