剣城、ちょっとつきあってよ
麗らかな午後の陽射しの中、休日にも関わらず部活動でくたくたになった身体を引きずり、学校を後にしようとしていた時のこと。背後から突然のし掛かった重みにいったいなんなんだと目を白黒させる俺に、日だまりのような優しい響きを持つ松風の声が聞こえた。いつもいつも突然抱きついてくるのはやめろと言っているのに、と文句を言えば、ごめんごめんと気の抜けた返事。絶対に反省も後悔すらしていないだろう松風をいくら睨んでも結局はあまり意味などないことを俺はよく知っているので、せめてもの抵抗として小さく溜め息を吐きながら、先に行くよと走り出した松風のあとを追いかけた。





「なんだそれ」
「自転車」
「見りゃわかる」

松風に連れてこられたのは、マンモス校と呼ばれる雷門の敷地の隅。少し離れた場所から通う生徒のために用意された駐輪場だった。

「違ぇよ、お前徒歩だったろ。つーか許可証は」
「え、ないよ、そんなの」

青いビニールのチェーンを外すために屈んでいた松風が、意味がわからないとでも言いたげに顔をあげる。

「ばれなきゃ、大丈夫でしょ」

同時にチェーンを外し終えた松風が、よし、と言いながら腰をあげた。小さな鈴のついた鍵が、カシャンと音を立てて自転車を解放する。まだ新しいシルバーの自転車が、午後の柔らかな陽射しに反射してきらりと光った。

「剣城」

乱雑に荷物を籠に預けた松風が、ぽんぽんと荷台を叩く。松風の行動の意味がわからずぼうっと立ち尽くしていると、それをどう勘違いしたのかあっごめんと呟いた松風が籠の中で逆さになったバッグから厚手のタオルを取りだし荷台に巻き付けた。

「はい、どうぞ剣城」

はやく座って、そう言って自転車に跨がった松風がペダルに足をかける。それでもなかなか動かなかった俺に痺れを切らしたのか、はやくはやくと松風に腕を引かれ、急かされるまま意味もわからず荷台に腰をおろした。

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

いまだ状況がよく呑み込めずにいる俺とは裏腹に、楽しげに声をあげた松風がぐっと空に腕を突き上げる。ぐんと速度をもった自転車から振り落とされないよう慌てて松風の背中にしがみつけば、抱きついてもいいのになんて調子に乗るものだから強めに小突いてやった。

「ねえ剣城」
「なんだ」

剣城は乱暴だなあと笑った松風が、剣城、と再度俺の名を呼ぶ。風に拐われたのか、どうやら俺の声は松風には聞こえなかったようだ。しかたなく、今度は少し声を大きくしてなんだと答える。そんなに叫ばなくても聞こえるよと笑った松風の明るい髪が、視界の端にふわふわと揺れていた。

「気持ちいいでしょ」

悔しいけれど。麗らかな午後の陽射し、優しく髪を揺らす風、そのどれも初めてで、しかし心地の好いものだった。ただ悔しいから、それには答えない。松風の知ってる世界を知らなかったことが、たまらなく悔しかった。

「…どうして、突然」
「だって」

だって、と一度言葉を切った松風が不意に空を見上げる。つられるように俺もまた顔をあげると、頭上にはどこまでも透き通るように蒼い空がひろがっていた。

「きっと誰より優しい剣城は、自転車に乗ったことなんてないと思って」

なんて、本当は優一さんに言われたんだけどと笑う松風は決して俺を振り返ろうとしなかったから、俺も松風がどんな顔をしているのか知らない。ただ、その誰より真っ直ぐで強い背中がとても眩しくて、ひたすらに頷きながらそれに力一杯抱きついたのだった。



青春ごっこ





匿名さまに捧げます!天京で優しい感じとのことでしたがいかがだったでしょうか…!優一さんの足を気にしてサッカー以外の足を使うことに抵抗のあった京介さんのお話でした……とかあとがきで言わなきゃいけない時点でもうダメな気もしますが…。
お祝いの言葉に加え楽しみとまで言ってくださり有り難うございます!本当に力になります…!これからもどうか管理人共々水葬をよろしくお願いいたします!
では、この度は企画にご参加いただき有り難うございました!









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