「僕思うんです」

空調機が作り出す無機質な静寂とそれにゆるりゆるりと導かれつつあった俺の睡魔を打ち破り、唐突にその声は響いた。ちらりとソファの隣に腰かける声の主を見やるが、彼はただ間接照明にぼやけたオレンジ色の室内を映した窓を眺めているだけだ。薄明るい室内からはぼんやりとしかシュテルンビルトの煌々と美しく輝く夜景が見えないのを、俺はいつも残念に思っていた。

「なにそれ…でっかい独り言?」
「まさか、違いますよ」

ふと、大きな窓硝子に映るそいつのくっきりと澄んだアップルグリーンの瞳と視線が交わる。この男は自分が気づくまでずっと硝子越しに自分を見つめていたのかと思うと同時に、なんともぞくりとした違和感が背中を駆け抜けた。しかしそれが嫌悪や恐怖からくるものではないということを、俺はよく知っている。

「…で、なんて思ってんのバニーちゃんは」
「はい」

相変わらず腹立たしいほどに整った容姿の彼が、硝子の中でその澄んだアップルグリーンの瞳を細めた。俺はいつもそれに気づかないふりをしているのだけれど。なんたって俺は、狡い大人だからね。

「ひとの命を奪うという行為、いいえ、たとえそれが自分の命であっても、赦されるものではありません」

かりり、とほんの小さな不快音が鼓膜を揺らした。みると彼はなにか悪戯のばれそうな子どものように、そわそわと苛立ちにも似た焦りを持て余したのだろう、シュテルンビルトの街明かりを映す窓ガラスを爪で掻いている。子どもかよ、とも思うがどうりで彼は大きな子どもであったことを思い出し、じっと口をつぐんで彼の言葉の続きを待った。

「…でも、僕、思うんです」

かり、かりり、決して愉快ではないあの音が厭に響く。彼の行動自体子どもらしくて可愛らしいとは思うのだが、この意識のちかちかするような音はどうにも好きになれそうになかった。

「例えば、例えばのはなしですけれど」

かり、かりり、かりり。ふと硝子越しに見えた彼のアップルグリーンの瞳はもうこちらを見ていなかった。ふわふわとシュテルンビルトの夜景に浮かぶビルの間を漂っている。

「ひとつの愛のかたちに語るなら、じゅうぶんだと思うんです」

かりり、かりり。そのままぴたりとその不愉快な音が止まって、彼が哀しそうにアップルグリーンの瞳を伏せたのがよく見えてしまった。睫毛長いなあなんて今まさにどうだっていいことをぼんやり思い浮かべながら、彼の瞳の鈍く輝くシルバーに向けられているのを頭の隅に追いやった。



右手にナイフ、左手に愛



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旭さまに捧げます!遅くなってしまいすみませんでした…!
甘めでどこか暗いうさとらかうにえびと言うことだったのでうさとらにしたのですが…おかしいな糖分が見当たらないぞ…。書き直しなどいつでも受け付けております!
最後にこの度は企画にご参加いただき有り難うございました!









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