※たぶんバレンタインとかないけど気にしたら負け よく知らないけど、バレンタインってのがあるんだってさ。金色に眩しい瞳がゆらりと揺れる。南方の国と言えど夜は冷えるもので、しんと澄み渡った星空のなかに輝く彼は、まるで間違えて空から落っこちてしまった流れ星の精霊のよう。なんだか私なんかが隣にいるのがとても烏滸がましいことのように思えて、どこか遠くを見つめる彼から目を逸らした。 「バレンタイン?」 「そっ、シンドバッドさんが言ってた」 シンドバッドさん、という響きに少しだけ肩が震えた。ほとんど条件反射のようなものだけど、変なところばかり目敏い彼はきっと気付いてしまっているわ。 「好きなひととか、友人とか、お世話になったひとに感謝の気持ちを込めて菓子を贈るんだって」 「へえ…初耳だわ。でも、なんだか素敵な日ねえ」 「だろ?紅玉はこういう浪漫チックなの、意外と好きだよな」 にこりと彼が笑うと、そこだけ別の世界のように日が差すような気がする。いつからだったかしら、隣で輝く金色の彼があまりに眩しくて、直視出来なくなってしまったのは。私だって一国の姫君としていつだって輝いていたいと思うけれど、きっとどんなに努力してもお金をかけても、一生したって彼には敵わないわ。 「頑張ってみたら」 「……なんのことかしら」 「意地っ張りだよなあ、紅玉も」 「貴方にだけは言われたくないわよお」 それもそっかあ、なんて隣で呑気に笑っている彼は、知らないのだわ。私がとうに初恋を終えてしまったこと。女の勘は鋭いこと。変なところばかり目敏くて、きっと、そういう大切なことばかり見落としているのよ。馬鹿ね。 「でもそのバレンタイン…だったかしら。それって友人にも贈り物をしていいのでしょう」 「俺はそう聞いたけど」 「そう。じゃあ、問題ないわね」 淡いブルーの包みに銀のリボンがいいかしら。きっと彼の金色を邪魔しないから。片手で持てるくらいのサイズがいいかしら。ひっそりと、けれど確かに彼の中に残るから。 私は彼の中のそういう存在でありたいのだけれど、なにしろ初めてのお友達だから、勝手がわからなくて困っているの。彼の一挙一動に左右されて流されて、お友達ってこんなにも優しくて温かで、苦しい。 「ねえ」 「ん?」 「貴方は、誰かになにかプレゼントを贈るのかしら?」 「あー……そういや、考えてなかったなあ」 「ふふ、とっても貴方らしいわあ」 「あっ…今バカにした?」 「べつに」 さて、私もう寝なきゃ、夜更かしは女の敵なの。それだけ言うとさっさと彼に背を向ける。一瞬だけぱっちりとぶつかった視線からじわじわと身体中に熱が回るような気がした。眩しくて眩しくて仕方ない。 「あっおい紅玉!」 「なによお」 振り返るとどこまでも澄んだ真っ暗な夜空にたくさんの星が瞬いていて、なんだかいつか小さな頃に見た高名な画家の絵から切り取ったような、少しだけ哀しさを孕んだその景色のあまりの儚さにきゅうと胸が痛んだ。その中心の彼だけが、やっぱり私には輝いて見えた。眩しい。 「おやすみ!」 そう離れた距離でもないのに、彼は引きちぎれちゃいそうなほどに大きくその両腕を振る。その度にさらさらと揺れる金色の髪が、私の視界を占める。再びきゅうと胸が痛んだ。 「おやすみなさい」 今度こそ身を翻して、そそくさとその場をあとにした。少し感じが悪かったかもしれないけれど、あのままいたら、いつか私の目が潰れてあの金色以外なにも見えなくなってしまいそうだったんだもの。貴方の眩しいのが悪いんだから、これくらい許してちょうだい。 淡いブルーの包みに銀のリボンがいいかしら。片手で持てるくらいのサイズがいいかしら。それからリボンの結び目に、こっそり小さな花を添えようかしら。ピンクの花を、添えようかしら。 ディア・マイ・フレンド ---------- アリババくん天然すぎてきっと当日には忘れてるからなんでプレゼント貰ったか気づかない系男子。紅玉ちゃんはそれがすっごく悔しくてたまらないんだけどそこまできてるのに自分の気持ちに気づかない系女子。 |