没を詰めたよ☆ ひどく、脆い。僕と白竜の関係を適切に捉えた言葉だと思う。幽霊の僕と生きている白竜とでは、もとからなにひとつ都合のいいことなんてなかったのだ。僕らはなにより脆かった。 「子どもが、欲しい」 ぽつりと呟かれた言葉は、しかしなんの意味を持つことも出来ぬまま月明かりの部屋に滲んで消えた。彼の象牙の溶かし込んだシルクのような肌が窓から密やかに室内を照らす月明かりにぼんやりと浮かび上がる。普段の堂々とした立ち振舞いからは想像もつかない、ひどく頼りない子どもの小さな肩が、そのじわりとした光の中小さく小さく震えていた。ギシリ、ベッドのスプリングが鳴く音がいやに響く。 「シュウとの、子どもが」 再度こぼされた彼の小さな言葉は、ひどく哀しい響きを残し再び月明かりの部屋に沈んだ。彼の肩を抱いてやろうかと腕を動かす。あんなに小さく震えた白竜にはギシギシと喚いたくせに、ベッドのスプリングは少しも音をたてはしなかった。急に行き場を失った腕が虚しく宙をさ迷い、再びもとの場所へと戻される。やはりスプリングはうんともすんとも鳴かなかった。 「せめて、お前と愛しあえた証拠が、子どもが、欲しいのに」 ぽつりぽつりと彼のこぼす言葉にはなんの意味もなかった。どうしてだろう、どうして彼の言葉はこんなにも無意味で、こんなにも脆いのか。これじゃあまるで、僕たちの関係そのものじゃないか。 「でも、俺の腹の中には、子宮なんてものはないんだ、ないんだシュウ」 圧し殺したような息遣いが聞こえる。ああ、ああ、僕の愛した彼が、きっと泣いているのに。 「無意味だ、こんなの、無意味だ」 振り上げられた真っ白な腕が月明かりに照らされて、まるでギリシアの彫刻のようだと思った。弱々しく握られた拳が、何度も何度も彼の腹に降り下ろされていた。ギシギシと煩いスプリングの音が延々と部屋にこだまする。彼を抱き締めようと動かした身体に、やはりスプリングが鳴くことはなかった。 ∴女の子になれたらよかったのに ※シュウ白前提京→白 ※数年後設定/シュウの成仏後 「いつか、いつかこんな日が来ることはわかっていた」 「ただ、それでも、それでも俺は、」 「幸せになれるって、最後には神様やなんかが助けてくれるって、」 「ハッピーエンドなんて、そんな、どこかの少女の夢枕に描いた物語を、」 「信じてみたかった、だけなんだ」 ぷつり、と。それはそれは唐突に、彼の世界は終わりを告げたそうだ。神様だなんて、そんな言葉が俺の目の前に佇む青年から発されるなんてこと、数年前までは思いもしなかった。少年として無邪気にボールを追いかけていたあの時代から、もうずいぶんと時間が流れたのだ。 「でも、やっぱり、駄目だった。世界の真理はどうしたって真理であった」 一人の少年は青年へと成長してしまった。身体も、中身も。もう一人の少年は成長することが出来なかった。片割れの少年の成長を、見届けることも、叶わなくなってしまった。これは、目の前の青年は、そういう悲劇なのだ。 「彼は消えた。消えてしまった、俺を、俺を、一人、残したまま、彼は、」 青年は決して涙を流してはいなかった。小さく震える肩でぎちぎちと握り締めた拳には、きっと爪が食い込んでいるのだろうけれど。青年は、決して涙を流しはしなかった。 「剣城、剣城」 ぎちり、食いしばった歯と歯の砕ける音。ぶわりと風に舞い上がった、少年の時代とかわらぬ純白の髪がまるで彼をこの世のものでないような錯覚を見せた。 「もう、いいんだ、気持ち悪いんだ、だから、だから抱いて」 ごめんなさい、ごめん、気持ち悪いよな、二度と近寄らないから、だから、苦しいんだよ、だから、なあ剣城。 「俺を、抱いてくれ」 ああいったい、彼の言う神様とやらは本当に、優しくなどないらしい。なんて、残酷な。神様とやらも、そして、彼も。 ∴シンデレラになりたかったの |