いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 最近ユズルがよく笑うようになった。
 正直、オレともさつきともクラスが違ったときは、大丈夫だろうかと心配していた。幼馴染み、といってももうほとんど兄弟だ。一緒に遊んで、一緒に帰って、ずっと繰り返していた。ずっとこれが続くと思っていた。中学生になって、オレも、さつきもぐんぐんと成長した。ただ、ユズルはそんなに変わっていない。
 さつきはオレが知らない人のようになった。大ちゃん、と呼んでいたさつきはもういない。他人行儀に「青峰くん」と呼ぶ。大ちゃん、と呼ぶさつきが消えてから、仲の良かったさつきがいなくなってしまった感じがしていた。さつきは変わらずオレ達と一緒にいるはずなのに、まるで別人のような感覚だった。今では別人のようなさつきを受け入れているオレがいる。
「大ちゃん」
 ユズルは、相変わらずオレのことを大ちゃんと呼ぶ。変わらない声で、変わらない名前を呼ぶ。時が止まるなんて非科学的なことを信じているわけではないが、ユズルだけずっと変わらないような気がしていた。
「大ちゃん、さつき大丈夫かなあ」
「テツがいるんだ、大丈夫だろ」
「うーん」
 さつきは今テツと出掛けている。金曜日の帰り道、いつもよりも数倍溌剌とした声で「テツ君と日曜日遊びに行くんだ」と自慢していた。別にテツが嫌なわけではないが、なんとなく複雑な気分だった。ずうっと上の空で二人を心配しているユズルにも、そういう人ができる日がくるのだろうか。さつきやユズルが、彼氏できたよだなんて報告する日が来たらどうするか。チャラチャラしたやつだったら絶対許さねえ。
「ユズルはさあ、好きな人とかいねーの」
「うーん、好きな人かあ。大ちゃんとさつきがいるから今は十分だよ」
 ちょっと困ったように笑うユズルの答えは、ずっと変わらないものだった。
「大ちゃんは?」
「オレも、お前らの面倒みるだけで精一杯だしいねーよ」
「大ちゃんお兄ちゃんみたい」
 もっと小さい頃は、ユズルが一番大人だった。今もそうかもしれない。何だかんだで世話を焼き、人一倍優しいユズル。泣くさつきを慰めるのも、オレを諭すのも、ユズルの役目だった。確かに悲観的な兆しはみられたが、今ほどではなかった。いや、本当はあの頃から悲観的だったのかもしれない。オレとさつきと、ユズルで完成する小さな世界から小学校、中学校と取り巻く環境が大きくなって初めてユズルのネガティブさの異常を知った。成長して変わったのはオレ達だ。姉に慰められてばかりのオレとさつきは成長して、小さい姉のようなユズルを慰めることができるようになった。
 すぐ泣くし、めちゃくちゃネガティブだけど、ユズルと一緒にいると安心する。ユズルだけはずっと変わらないでいてくれる気がしているのだ。本人は気にしている伸びない身長も、なかなか成長しない体格も、性格も、変わらないということがオレを安心させていた。何かが変わってしまうことが怖いだなんて、センチメンタルなことをずっと思っては情けないと思う。このことを言ってしまえば、ユズルが変わってしまう気がして、言えないでいる。成長を望んでいる本人に変わらないでなんて、流石のオレでも言えない。
 いつか変わってしまったユズルを受け入れることができたら、きっとオレも大人になれた証拠だろうと、思う。
「いつかやっぱりみんな離れちゃうのかなあ」
「好きな人ができたって、そいつはそいつなんだから離れはしねーよ」
「…うん」
「ただ、さつきもだけどユズルに好きな人ができたらオレに報告しろよ。オレが見極めてから付き合えよ」
「大ちゃん、お父さんみたい」
 ユズルの控え目な笑い声が、心地いい。
 
 ブブブ、と携帯のバイブが空気を震わせた。ちかちかと点滅してメールがきたことを知らせたのはユズルの携帯だった。「お母さんだ」。かち、かちとメールを読むユズルを横目にオレは雑誌のページをめくっていく。
「大ちゃん、お母さんが呼んでるから帰るね」
「あ?おお」
 母親に呼ばれたというユズルは携帯を鞄の中に突っ込むと足早にオレの部屋から去っていった。一人残されたオレに話しかけるように、オレの携帯が鳴る。ディスプレイには黄瀬の文字が映っている。あまり良い知らせだと思えないが、ユズルがいなくなってしまい退屈になったので、オレは携帯の通話ボタンを押した。
 
 
20120608
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