いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 中学になっても、大体の奴は俺よりも低いところに頭があった。
 このクラスでも例外はそうそういなかった。バレー部だとか、同じバスケ部だとか、それでも背の高いやつはいるが、とりあえずこのクラスでは俺が一番高いらしい。文句もでるので、必然的に席は後ろの方になる。背が高いとこういう弊害もあるのか。それでも部活ではこの体格が武器になる時もある。別に恨んだりすることはない。
 この学校の日直は割と仕事が多い。号令だとか、掃除だとか、そういうものからその日の雑用は全て請け負わなければならない。非常に面倒である。先輩たちも、たまに日直のせいで遅れる時もある。そう、今日は俺も日直である。
 おは朝の占いコーナーで蟹座十二位という不吉な文字を見てから、嫌な感じはしていた。ラッキーアイテムであるという、眼鏡をかけた猫のぬいぐるみを肌身離さず持っているお陰か、大きな禍はない。しかし、朝から日直を担任に言い渡された時はがっかりした。隣の席の、藍川とよろしくな。まるで有罪判決を言い渡されたようである。
 藍川、というのは地味で暗い女子だ。長すぎる前髪は本当に見えているのだろうかと疑いたくなる。授業中、指名された時は顔を真っ赤にしてとても小さな声で答える。頭は良い方らしく、正解を言っているのだからもっと大きな声でいえばいいものを、といつも思う。大人しく、根暗にも思える藍川は、何故かバスケ部のマネージャーをしている。てっきり文芸部だとか、文化系の部活だろうと思っていたので意外だった。聞く話によれば、スタメン確実と言われる青峰の幼馴染みの一人らしい。青峰には幼馴染みが二人いて、二人ともバスケ部のマネージャーをやっている。もう片方の桃井は、藍川とは正反対で明るく、よく先輩マネージャーとコート近くで笛鳴らしたりしているのを見る。藍川はおそらく洗濯だとか、そういう雑用だろう。体育館外でよく見かける。体育でも見学する姿をよく見かけるし、運動はそこまで出来ないのだろう。裏方の仕事でもしているのだろう。終わった後は桃井と一緒に出てきて青峰と三人で帰宅するのを、よく見る。
 授業が終わるたびに黒板を綺麗にしなければいけないのだが、一人よりも二人でやった方が早いだろうと二人で黒板の前に立ったが、俺はともかく、藍川の手の届く範囲が小さい。こうやって至近距離で並ぶことがなかったのであまり意識せず、気付かなかったのだが、藍川は小さい。おそらく平均よりも低いだろう。黒板消しは俺が担当することとなった。号令も、俺が引き受けた。はじめは藍川がやってみたものの、声が小さく、号令にならなかったのだ。泣きそうな顔をしている藍川がどことなく不憫に思えて、俺がやることとなった。プリントを運ぶだとか、軽い雑用と日誌を藍川に任せた。例え小さなことでも嫌とは言わないし、根は真面目なのだろう。
 
 授業も全て終わり、後は教室を少し片付けて、日誌を提出して終わり、というところまできた。相変わらず藍川は真面目に日誌を書いている。黒板も綺麗になったところで、自分の席に戻る。鞄に教科書やノートを詰め出したところで、藍川の顔があがった。
「…あの、もう日誌だけだから、えっと」
 言葉を選んでいるのか、藍川の言葉は中々文章にならない。根気よく聞いてみれば、あとは自分が日誌を提出するだけなので先に部活へいってもいいということだった。
「藍川も同じだろう。俺はそこまで薄情じゃないのだよ」
「…う、あ、ごめんなさい…」
 なぜあやまる。藍川は再び俯いた。謝らなくてもいい、と言った矢先に二回目のごめんなさいが聞こえる。
「お前が書き終わるまで待っているから、早く書いてしまうのだよ」
「う、うん」
 急いで手を動かす藍川を横目に、部活へ向かう準備を進める。藍川が前のめりになっているせいか、長い髪が少し机の上で遊んでいる。かりかりと書きこまれるページを覗き込めば、几帳面に揃えられた文字が並んでいる。女子特有の丸みを帯びた文字でも、男子によくある乱暴な字でもない、綺麗な文字だった。藍川らしいといえば藍川らしい、小さな字だ。
「藍川の字は、綺麗なのだな」
「…えっ?」
「とても人柄が出てる字だと思うのだよ」
 再び顔をあげた藍川は、長い前髪からみえる目を丸くさせ、俺をじっと見つめた。それから顔を真っ赤にさせて、照れ臭そうに少し俯いた。本当に消え入りそうな声で、ありがとう緑間くん、と呟いた藍川の顔は、確かに笑っていたのを、俺は見た。
 
 
20120529
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